Nicotto Town ニコッとタウン

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告解室のバーボン


教会の扉を開けると、線香の匂いに混じって、わずかに安煙草の香りがした。
祭壇の前、影に溶けるように座っているのは、この街で唯一、俺の沈黙を理解する神父だ。
「今夜の街は、いつもより少しだけブルースが騒がしいな」
神父は振り返らずに言った。その声は、ハウリン・ウルフの低音よりも深く、静かに響く。
彼は聖書を開く代わりに、懐から銀色のスキットルを取り出し、俺に差し出した。
「神様は寝ている時間だ。これくらいは許されるだろう」
俺たちは並んで座り、冷えたバーボンを回し飲みする。
ステンドグラスの向こうで、都会のネオンが歪んだ万華鏡のように揺れていた。
遠くで鳴り続ける切ないピアノの旋律が、教会の高い天井に反響し、祈りのように降り注ぐ。
「神父、あんたはなぜ、この掃き溜めのような街を離れない?」
俺の問いに、彼は少しだけ口角を上げた。その目は、地獄と天国の両方を見てきた男のそれだ。
「ここには、救いようのない悪党と、救われたいと願う孤独な魂しかいないからな。……お前のような、どちらでもない男の話し相手になるのも、悪くない仕事だ」
神父の手が、古ぼけたピアノの鍵盤を一つだけ叩く。
澄んだ音が、街のノイズをかき消すように夜の深淵へと吸い込まれていった。
「行けよ。お前のブルースは、まだ終わっちゃいない」
俺は空になったスキットルを返し、再び雨の街へと足を踏み出す。
背後で、重い木の扉が閉まる音がした。それは、この街で聞いたどんな説教よりも、温かい福音のように聞こえた。_

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