Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



Sci-note 4/Ocean Biofilm

海の表面には、世界で一番スケールの大きなバイオフィルム(biofilm)が張られています。空と海の境界にあるこの薄い膜は細胞外高分子物質(EPS: Extracellular Polymeric Substances)という多糖類、DNA、脂質とタンパク質のポリマーで構成され、海の微生物が集まって徐々に編み上がったものです。

このバイオフィルムは、大気と海の気体交換や水分蒸発をコントロールしています。波や風で生じた泡が弾けるとき、微生物や有機粒子はエアロゾルとして大気中へ放出され、雲の核となり、雨へと繋がっていくのです。

バイオフィルムの中には、多様な細菌が特性を活かして自給自足のシステムを築いています。好気性は表面に、嫌気性は奥へと配置され、pHやイオン濃度、ガス濃度といった外部環境の変化に対しても迅速に情報を共有します。また、環境の悪化を生き延びるために自らの一部を休眠状態の細胞(Persister)として奥深くに備えています。

細菌にはQuorum Sensingと呼ばれる集団感知機能があります。海洋に多いグラム陰性菌は、AHL(Acyl Homoserine Lactone)という信号分子を常に微量ずつ放出し、同時にLuxR受容体で周囲のAHL濃度を測っています。菌の密度が一定の閾値に達すると、バイオフィルムの形成が始まります。

Quorum Sensingはバイオフィルムを築くだけでなく、特定の発光菌が高密度に集まると、面白い化学反応を引き起こします。それが生物発光ーーバイオルミネセンス(Bioluminescence)です。例えばAliivibrio Fischeri菌と共生するイカは、捕食者から身を隠すために、常に発光器でこの菌を大量に飼育しています。自ら光ることで逆光の影を消し、海面の明るさに溶け込むカモフラージュ。

他にも、光をおとりにしたり、捕食者の天敵を呼び寄せたり、あえて食べられることで栄養豊富な環境にたどり着いたり。また、捕食する側だとAnglerfishみたいにサーチライトとして使っていることもあります。

海に棲む魚類や無脊椎動物の多くは、青色しか見えないのでバイオルミネセンスも基本「青」ですが、深海には、他の魚が見えない赤い光のライトで獲物を探す深海魚がいるのが面白いですね。

紫外線などの光を吸収して光る生物蛍光(biofluorescence)と違って、AHL/luxR結合に誘発された[ルシフェリン(基質)+酸素+ルシフェラーゼ(触媒)]、あるいは[発光タンパク質+Ca²⁺]の化学反応で自ら光るのが生物発光(bioluminescence)です。菌の密度が高まることで放たれる、熱を伴わない冷光。

バイオフィルムの話に戻ると、この共同体の細菌たちは代謝の資源共有もしていて、AHL信号分子のほかに、ナノワイヤで菌と菌が直接つながって電子エネルギーをやり取り、外膜小胞(Outer Membrane Vesicle)という脂質カプセルの中に信号分子、分解酵素、そして耐性遺伝子を詰め込んで、このバイオフィルムの網目をすり抜けて他の菌に届けます。

魚の鱗やウミガメの皮膚、珊瑚の表面、あるいはその腸内もバイオフィルムに覆われていて、多種の菌が常に縄張りを争っています。そこでのQSはAHLという同種の信号だけでなく、AI-2 (Autoinducer-2) という共通言語も使われています。菌同士が互いの数を測り、牽制し合いながら勢力のバランスを保ち合っています。

バイオフィルム全体はマイナスの電荷を帯びているので、プラスの物質や重金属カチオンを引き寄せます。海では環境を整えるはずのこの性質が、体内ではプラスの電荷を持つ抗生物質を外層でトラップし、拡散障壁になってしまいます。

自然界には、バイオフィルムの形成に対抗できる植物が存在しています。たとえば海藻やハーブは、光合成のために自分の表面をきれいに保っています。海藻が放つFuranonesや植物の精油成分は、Quorum Quenchingという細菌の通信を妨害する能力があり、AHLの構造に似せた偽物の分子を放出することで、バイオフィルムの形成や発光を抑えてしまうのです。

海面の細菌たちは、DNAの折りたたみ方を変えて過去の経験を記憶し、それを次の世代へと引き継いでいます。環境の変化に応じてそれをリセットすることもできる。そんなしなやかな仕組みを持っているのも不思議ですね。

#日記広場:その他




Copyright © 2026 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.