嫌う自由
- カテゴリ:日記
- 2026/05/23 22:47:14
「人を嫌うという事は、嫌われる覚悟があるっていうことだろ。」
‥これは最近わたしがなげかけられた言葉だ。
ほんとうに‥反論のしようも無いくらい潔い言葉だ。
もちろん嫌われたくない、っていうのは誰しも人として当たり前の感情。
でも?現実にはなかなかそうはいかない。
たとえ自分がふつうに自然体で生きてたとしても、そりの合わない人って
いうのは必ず何処かで出てくるものだ。
これはわたしの、個人的な考えかも知れないけれど、
わたしは「みんな誰でも好き。」って言う人の言葉は信用しない。
そんなことありえないと思うからだ。
まあ、これについては言い方、表現の問題もあるかも?
その人をすべての時間においても「好き」であることはまず無い。
逆に言えば、全ての時間において「嫌い」っていうのも無いと思う。
大抵は、あの人のここが嫌い、とか、ああいう態度するから嫌い、とか
突き詰めればすべて限定的なのだ。
その限定以外の時は?と訊かれれば、「ふつう」とか「まあいい」とか
そう言うものだと思う。
翻って自分に当てはめてみれば、わたしだっていろいろ嫌われてるに違いない。
でも、それ自体を責める気も無いし、当然のことだと思う。
勿論、わたしだってあまり「好きではない」人も居るからだ。
その嘘のない感情をむりに否定することなんて無いし、逆に全ての人に
自分を好いてもらうよう強要などできるわけがない。(‥し、しない。)
自分の心のなかは自分だけの自由な世界、そこでは誰を好こうと嫌おうと
誰にも邪魔されることはない。
誰でも「好き」になる自由があるように、「嫌い」になる自由もまたある。
そしてそれは、全部100%「完全に嫌い」ってうワケでもないのだ。



























なんか皆さんに、「居るよ?」って言って頂けて
ホッとしている自分が居ます。
思えば、とくに何かされたこと無くても
「なんか合わないな~」って思う人も、居ます!
これってすごく身勝手な感情ですけど、
全否定もできないんですよね・・・
なるべく接点を持たないようにする。それが唯一
お互いできる解決法なんでしょうかねぇ・・
コメントありがとうございます^^
さすが噺家さん、芝居がお上手なのですね^^(しつれいしました!ww)
たしかに「覚悟」なんてもって生活してる人は多くないかも知れませんけど
気持ちとは別に表面上上手く振舞える方もいるでしょうね。
わたしの個人的意見としましては、ツキさんの言うそのお相手・・
好きでいると誤解されてる方は、かなり気の毒に思います。
まあ、それもわたしがその真相をツキさんから聞かされて知っているから
そう思うのであって、対外的に丸く収まってお付き合いしてるなら、
それに勝るものなし、なのでしょうけれど^^
きっとそういうのを「オトナ」と呼ぶのでしょうね。
私はその点まだ「こども」かなw
正直さ、さえそこに当てはめて解決しようと思ったりしますから・・
コメントありがとうございます^^
小さい頃は「みんな仲良く!」と言われたものですが
大人になってくると、ぜったいに無茶なスローガンであることが
わかってきます。
そのうえで、「まあ落ち着いて、ケンカしないで・・」っていう
ふうに台詞も変わってくるのでしょうね。
コメントありがとうございます^^
好き嫌いは自分の個性でもあり、大切な感情だとも思います。
ただ、その人を責めたり、否定するつもりは無くて、自分が嫌いなだけ…
できれば、その人とは関わりたくないだけ…
そうやって、遠ざけてしまうのは自然なことだと思います。
その空気を相手が読んで、自分のことも嫌ってくれるなら、
それは願ったり叶ったりですね。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ。」
という、ある有名な一節がチラつきますw
だから、「撃つな」…なのか、
だから、「覚悟があれば撃てばいい」…なのか、
どちらかは、分かりません。
もしかしたら、どちらも違うかも。
でも、これだけは言えます。
【人を嫌うという事は、嫌われる覚悟がある とは限らない。】
実際のところ、僕にも嫌いな人はいます。
ちなみに、何十年間ずっと嫌いです。
でも、その人は、僕がその人を嫌いとみなしてることを知りませんし、
なんなら好きでいると思ってるみたいです。
問題は、相手を嫌いになるとして、相手にどういう態度で接するか?だと思います。
露骨な態度を示せば、相手からも嫌われるでしょうし、
僕みたいに、うすっぺらーい作り笑いを浮かべてると、
案外、嫌われはしないものです。
つまり、心と行動は別々なのだから、
心は自由であるべきだということです('ω')ノ
私も結構、好き嫌いはあります。
だからみんな仲良くねなんて言えません。
せめて、とりあえず落ち着きましょうぐらいしか・・・