Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



泥濘と渇き


あの日、〇〇〇空が底を抜いた瞬間に、
俺という人間の半分は、泥の底へ沈んだ。
生ぬるい風が吹き抜ける都会の片隅、
甘ったれた泣き言を垂れ流す輩(やから)が群れている。
「仕方がなかった」「環境が悪かった」
自己保身の安酒に酔い、自らを憐れむ軽い言葉。
その薄っぺらな硝子の群れを、俺の濁った眼が射抜く。
言い訳など、溝(どぶ)にすべてぶちまけろ。
運命を呪う暇があるのなら、
その痩せた足で、容赦のない現実をただ踏み締めろ。
己を許すことをやめた、
ぬるま湯のような日常は、一滴たりとも必要ない。
第一章:一瞬の終焉
あの夏、世界はあまりにも日常の顔をしていた。
〇〇〇を望む街並み、いつもと変わらぬ人混み。
「明日、またね」
あの人はそう言って、いつものように微笑み、手を振った。
それが、この世で交わした最後の約束になるとも知らずに。
夕闇を引き裂いたのは、神の気まぐれか、悪魔の嘲笑か。
轟音とともに押し寄せた濁流は、
〇〇〇の街を、路地を、人々の営みを、
弁解の余地さえ与えず、一瞬にして呑み尽くした。
鉄砲水が引いたあとに広がっていたのは、
硝煙なき、しかし確実に蹂躙された戦場の跡だった。
引き裂かれた中央道路は、蜘蛛の巣のように地割れを起こし、
ひっくり返った瓦礫の隙間から、黒い火災の煙が天を汚す。
そして、鼻腔に焦げ付いて離れない、あの夏の死臭。
かつて命だったはずの、無残な肉片。
さっきまで笑っていたはずの、誰かの残骸。
世界が一瞬で崩壊する理不尽の前に、言葉などは何の役にも立たなかった。
第二章:美しき告発
地獄の夜が明け、東の空が白み始めたとき、
俺は、崩れ落ちた世界の中央に立ち尽くしていた。
なぜ、これほどまでに朱(あか)いのか。
なぜ、これほどまでに鮮やかなのか。
すべてを奪い去り、すべてを壊した翌日の朝焼けは、
狂おしいほどに、そして残酷なほどに、美しかった。
その美しさが、生き残ってしまった俺の胸を、いっそう深く抉る。
あの人は泥の底で冷たくなっているというのに、
太陽は平然と、世界を黄金色に染め上げていく。
道具や武器に頼って、この不条理を撃ち抜けると思うな。
そんなものは、己の無力から目を背けるための、ただの玩具だ。
ドク、ドク、と、胸の奥で心臓が狂ったように鐘を鳴らす。
これは生を寿(ことほ)ぐ音ではない。
あの人を救えず、一人だけ生に固執してしまった、
醜い己の肉体が放つ、絶え間ない責め苦の音、内部からの告発だ。
「明日、またね」
あの言葉は、この美しい朝焼けの光の中に溶けて消えた。
交わされるはずだった明日を失った俺に、
もう、誰かを恨む資格も、自らを憐れむ権利もない。
終章:鉄の規律
あれから、何度もあの過酷な夏が巡ってくる。
じりじりと皮膚を焼き焦がす、容赦のない太陽。
アスファルトから立ち上る陽炎の向こうに、
今もあの日の濁流と、地割れした道路が鮮明に蘇る。
自らを律する甘さを捨てた、自分が嫌いなこの生き様。
他人の涙に惑わされるな。言い訳を吐く口を閉じろ。
お前が流すべきは、血と、一筋の汗だけだ。
むき出しの拳を硬く握り締め、皮膚が裂け、血が滲もうとも、
俺は自ら首に巻き付けた規律の鎖を、さらに固く締め直す。
どれほど世界が燃え上がろうと、この足だけは二度と引かない。
夜明けは来ない、来なくていい。
この嫌悪すべき己の五感すべてを使って、
あの夏の地獄と、あの美しい朝焼けを、死ぬまで肉体に刻み付け続ける。
甘えを捨て、覚悟を引き受け、ただ直立不動で歩む。
それが、生き残ってしまった、唯一の戦場。
あの人が遺した、決して訪れない「明日」へ向かって、
乾いた大地に、重い一歩を踏み出していく_

#日記広場:小説/詩




Copyright © 2026 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.