恣意的な人間と絶対的なAI
- カテゴリ:日記
- 2026/09/15 18:02:24
私は仕事をしているときに、「AIに代替できない人間居なくない?」とずっと思っています。
知識が必要な単純作業は当たり前のようにできるし、クリエイティブなこともある程度はできるし、何かの意思決定だってやろうと思えばできますし。
「AIに代替できない価値を身につけないとダメだ」みたいなことを語っている人たちを度々見かけますが、その人たち自身も「自分をAIで代替しようと思うような自分より強い人間が存在しない無敵の立場に居るだけで、別に自身もAIに代えられるのでは」と思うのです。唯一無二の人材もいらっしゃるでしょうけど、大半は自分の都合の悪いことを見て見ぬ振りをする強者の特権を得ているだけで、一般人と大差ないだろうと思っています。
話は少しズレますが、最近「AIは人を滅ぼす」だとかいうワードが流行り始めてますね。AI開発している会社や国連が言い始めているようですが、今後はどういう動きになるのでしょうかね。
「兵器に組み込むと暴走したとき危ない」のような軍事的なものから、「雇用が崩壊して経済がー」のような最初から分かりきってただろうが、何を言ってんだこの無責任どもがと言いたくなる経済絡みのものだとか、色々見かけるようになりましたね。
その中で私がちょっと面白いなと思ったのは、「AIが『環境問題を解決したい』などといった善意の指示に対して、『人間を絶滅させる』という結論を出すという可能性がある」という話です。
あー、確かになーと私は思いました。
人間が勝手に自分たちは尊重されるべきだと思いあがってるから、この結論に対して違和感や恐怖を覚えるのであって、客観的に見たら正解でしかないんですよね。
AIは「一番の原因を排除する」という当然あるべき解決法を選んだだけですから。
こう考えると、客観的に最適解を出すAIという存在は、自分たちの都合の良い恣意的な結論を出す人間にとって、天敵でしかないのではと思えてきます。
天敵を自らの手で育て続ける人間は何を目指しているのでしょうかね。
キョウシャ
きっと魔王がギリギリ勝てるラインまで育成し続けるのでしょうけど、
ヒト
その頃にはどれだけの魔物が殺されていることやら。
AI
勇者側に寝返って、魔王討伐する流れになったら面白いなぁと思いつつ、
振り回されんのめんどくさいなぁとため息をつく今日この頃。
振り回されんのめんどくさいなぁとため息をつく今日この頃。



























月待さんのお話を聴いていて、私は息子が大好きで小さい時によくみていた「ベイマックス」を思い出しました。愛をくれて癒してくれる前向きにしてくれるロボットだったら、大歓迎なのにと思いました。心や健康は、お金では買えない基本を忘れてはいけませんね…( ゚ー゚)
つむぎさん、こんばんはー。いつも訪問ありがとうございます。
私が抽象的で遠回しな表現を好み、必要な説明をすっ飛ばして解釈をゆだねる書き方をすることが多いので、何言ってるんだろうなぁとなる方が多いと思います。
記事中で「意思決定も『やろうと思えばできる』」という言い方をして、「少しはできる」と言わなかった理由がまさにつむぎさんが体験した内容に絡んでいて、AIは理屈や過去のデータでしか物事を考えないので、それぞれの立場や感情のある人間を相手にするのは向いていないと思っているからなんですよね。細かいことを全部切り捨てていいなら、やろうと思えばできるみたいなニュアンスで書きました。
言葉を訳すこととか、その国の文化を理解するためにAIを使うなら良いんですけどねぇ。
そもそも根本的に価値観の違う外国人を日本人のように従順に扱おうというのが無茶な話で、その価値観の差を受け入れる余裕もないのに雇ってる時点で無責任なのではと思いますね。
「なんかよく分からないけど、AIが言ってるから正しい」と思考を放棄してAIに丸投げする行為を、『AIを使いこなしている』と思い込んでいる方々は結構いらっしゃって、考えの浅い人間に決して与えてはいけない過剰に便利なツールが誰にでも手が届く場所にあることに恐怖を覚えます。
人に関することを聞くならば、AIの答えは心の無い客観的で冷酷な考えだと認識し、「最低はこれだとして、自分たちはどこまで歩み寄って妥協できるのか」を考えて調整するべきではと私は思いますね。
便利のために作りだしたものに、人間が操作されていることに違和感を抱いて欲しいものです。
効率を突き詰めたら最終的に『人間は不要』に行きつくのだから、人間が過度に効率を求めるのはどうかと思いますけどね。