うさ頭巾(続き)
- カテゴリ:自作小説
- 2026/10/26 07:59:25
以前書いた「うさ頭巾」の続きを書いたよ。
あたしは走った。夜の石畳を、裏通りから市場へ、市場から時計塔の広場へ。背後から聞こえる足音は、一定の間隔を保ったままついてくる。
……まったく、なんてしつこい男なの!
「ねえ、ピンクバニー!」
「その名前で呼ばないで!」
「じゃあ、アンリエット!」
「もっとダメ!」
「困ったな。君の名前を呼ぶことも許されないとは」
「そもそも、あたしたち、そんなに親しくないでしょ!」
あたしは角を曲がり、積み上げられた木箱を飛び越えた。ここまでくれば、さすがの黒い毛皮も見失うはず。
ところが。
「見事な跳躍だね。さすがはウサギ族」
「キャッ!」
いつの間にか、目の前の街灯にブラッドが腰掛けている。
「……あんた、オオカミのくせに木登りが得意なのね」
「君が臆病な兎のくせに怪盗をやっているのと同じさ」
言い返せなかった。
悔しい。
あたしは腕を組んで、彼を睨みつけた。
「それで? あたしをどうするつもり? 警察に売る? それとも、貴族のお嬢様を脅して身代金でも取る?」
「君は自分のことを、ずいぶん悪く言うんだね」
「悪党だもの」
「本当に?」
ブラッドが街灯から降りた。
月明かりの下で見る彼の顔は、腹立たしいくらい整っていた。琥珀色の瞳が、まっすぐあたしを見つめている。
「王宮の宝物庫にある青い薔薇のブローチ」
「…!?」
「取り返したいと思わない?君の母上の家に代々伝わる大切なものだったのに奪われた…」
「……どうして、あんたがそれを知っているの?」
「オレの親父の遺言みたいなものだな、君の父上はオレの命の恩人で親父が恩返ししようとしていた矢先10年前に亡くなられた」
「命の恩人?」
「オレは幼い頃に流行り病が悪化して死にかけたんだ。いい医者にかかれるだけの金もなかった。それを助けてくれたのが君の父上だったんだよ。亡くなられてから君は修道院に入ったって聞いたけど、嘘だったみたいだな。怪盗うさ頭巾として生きていることを探偵のオレが確かめたというわけ」
「オオカミの探偵なんて聞いたことないわ!」
「ウサギの怪盗も、そうそういないだろう?」
ああ、もう!
どうしてこの男と話していると、いつも調子が狂うのかしら。
「オレの親父は、君の父上から証拠の書類を生前に預かり詐欺まがいの手口で君の家の財産を奪われたことを知ったんだ。親父は事故死だったけれど、君の父上と最後に会ったのが親父だったから事故にみせかけた口封じだったんだろうな。犯人は、おそらく君の父上を脅迫もしていた。もう一つの財宝のありかを教えろ、さもなくば…」
「あたしの命はない…?」
「そう、それで君は酒場で働きながら身を隠した。ここまで調べるのに時間がかかったけれど、黒幕の正体もわかったよ」
「財務大臣グレゴールでしょ、知ってる。その不正の証拠書類があれば奴を捕まえられる?それと、もう一つの財宝って何のこと?」
「…奴が私物化した財産なら、取り戻せるだろうけど。青い薔薇のブローチはどうかな…一応国の宝扱いだから。でも策がないわけじゃないよ」
「どうやって、取り返すの?教えて!」
「…その前に青い妖精のこと、本当に知らないのかい?」
「なにそれ」
「実は君の母上の家に代々伝わる家宝は 青い薔薇と青い妖精というのが本当の名前で、対になったものなんだ。青い薔薇はサファイヤとダイヤを散りばめたブローチだけど青い妖精がどんなものかは秘密にされてきたらしいね。グレゴールも探っているが見つからないらしい」
「オレは、青い薔薇のブローチの実物を手に取ったら何かそのヒントが見つかるんじゃないかと思ってるんだ」
「協力する!母の形見だもの、絶対見つけたい!」
「明後日の夜、王宮で仮面舞踏会が開かれる。君はうさ頭巾としてブローチを盗むことになる。まずは…」
「……今夜、作戦会議しないか?もちろん二人きりで酒でも飲んでさ」
ブラッドは、また、あの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
遠くで深夜0時を告げる鐘が鳴った。
「却下」
「明後日、もう明日か…仮面舞踏会に出ればいいのね。会場で会いましょう」
彼は笑った。
……ちょっと待って。
明日の夜に何を着ていけばいいの?ドレスなんか持ってない。
とっくの昔に全て売り払ってしまったもの。
そんなことより、母のブローチと「青い妖精」だっけ?
どうやって盗めっていうのよ。あいつ、策があるって言ってたけど。
翌日の夜。
あたしは、昼間にブラッドから届いた白いドレスを着て鏡の前に立っている。
「……ウエディングドレス?」
鏡の中には、純白のドレスを着たウサギがいる。
長い耳には白い花のイヤーカフ。首元には母の形見のネックレス。
そして、白いレースの扇子。
我ながら、なかなかの出来栄えだ。
問題は、こんな格好をしている理由だった。
あたしは、あいつがドレスと一緒に届けてくれた偽の招待状を持って城の舞踏会に出席する。
そして、あたしはうさ頭巾として宝物庫の母のブローチを取り返す。
黒いオオカミはどんなつもりで、こんなドレスを贈ってよこしたの?
「アンリエット様、お迎えの馬車が参りました」
御者の声に、あたしは扇子を閉じた。
「ありがとう。すぐに行くわ」
馬車の中では黒いオオカミが琥珀の瞳を輝かせて微笑んでいた。
「…何か言うことはないの?」あたしは聞く。
「…何か言って欲しい?」ブラッドは答えて
突然、あたしの耳元に口を寄せる。
…今夜の作戦内容だった。
「了解」あたしは緊張を隠して返事をする。
ブラッドから手渡されたものを素早くドレスの胸元に隠し、あたしは深呼吸して近づく王宮のざわめきに耳をすます。
王宮の舞踏会場は、色とりどりの花と宝石で飾り立てられていた。
豪華な衣装に身を包んだ貴族たちは、それぞれ優雅に尻尾を揺らしたり軽快なステップを踏む異性を品定めしたりしている。
しかし、城の奥にある宝物庫では緊張が人々を支配していた。
怪盗うさ頭巾から犯行声明が届いていたのだ。
「今夜、青い薔薇をいただきに参上いたします。うさ頭巾より」
その中に、財務大臣グレゴール公爵の姿もあった。
「…信じられない」グレゴール公がつぶやく。
「…ご存じのようにこの宝物は正式名を青い薔薇と青い妖精と申します。それは、このサファイヤのブローチを取り囲む一見透明な宝石がある特殊な光を当てると独特の青い光を発するからなのです」老いた灰色オオカミの鑑定士が説明する。
「しかし、光らないではないか」グレゴール公が悔し気につぶやく。
「…左様ですな。本来ですと、この鑑定用の光を当てたらその部分が揺らめくように青く光るのですが。光らないとなると…」
「偽物だったということか!!」グレゴール公の怒声が響き渡る。
「…はい、薔薇の花びら部分に使われているサファイヤとダイヤも偽物、色ガラスですな…」鑑定士が震えながら答える。
「青い薔薇と青い妖精」は別個の宝石だと思っていたが、そういう意味だったとは。あの家から奪う時に知っていれば先に調べていたものを・・・!
いや、待てよ…。今夜奪いに来ると予告してきたが、すでに本物が奪われていて、ご丁寧に偽物を保管していたということか?グレゴール公が考えていると窓の向こうから白い影が近づいてくるのが見えた。
(続く)


























