Nicotto Town



宝物1

ちょといい話を聞きました。
物語風に書きますね。
50歳過ぎのサラーりマンを想像してください。

駅前の裏、飲み屋が多い猥雑な通りに深夜まで開いている
ペットショップがある。
蛍光灯の光が眩しいくらい明るい店内に、仔犬の甲高い声が
あちらこちらから響いてくる。
デート帰りの若いカップルや、水商売風の女性が
折り重なったゲージの中を熱心にのぞき込んでいる。
  
こういう店には近づかないと、男は決めている。

狭い一室に発情した犬達を詰め込み、子犬を生産している。
店頭に並ぶ子犬は賞味期限付きの商品で
大きくなりすぎると、繁殖用に回されるか、そのまま放置されたり
実験動物として売られるケースもあるときく。

男の家には犬が二匹いる。妻が一目ぼれをしたといってブリーダー
をしている知人宅から貰ってきた白いテリア犬。
もう一匹は近所で生まれた雑種だ。どちらも可愛い。が、世話は
散歩なども含め大変で、毎日てんやわんやだ。

その日はとても疲れた。
同僚に出向の辞令が下りた。
価値が下がったみたいで、寂しいですね。仕方ないか。思いのほか
早かったなぁ。
同僚は苦笑いしてそう呟いたあと、しばらく黙りこんだ。
 
店の前で足が止まった。
4段になっている檻のようなゲージの一番下に
大幅値下げ!5万円引き、と乱雑に赤いマジックで書かれた張り紙が
目に入ったからだ。
その紙の下で、諦めたみたいにうずくまる白いかたまりがあった。
ボーリッシュ・ローランド・シープドック
ふわふわとした白にグレーが混じる、むく犬だ。生後半年以上を
過ぎたのだろう。仔犬と呼ぶにはもう大きすぎる。
男が屈み込むと、気配に気づいたのか、犬が顔をあげた。
沈んだ茶色い瞳と視線があう。男を見ると一瞬だが、嬉しそうに
輝いた。く~んと甘える仕草で
鼻先をゲージに押し付けてきた。
健康な犬の濡れて光る鼻ではなく、乾いているように見えた。

いけない。
男はあわあてて立ち上がった。もう飼えないんだから。
頭がつきそうな狭いゲージの中で犬はお座りをして
男を見上げた。
だめですか……。
そんな犬の声が聞こえるようで、
男は店から逃げるように駅に向かった。

忘れることはできなかった。
どうぞ、売れてますように。
男はそう願いながら、翌日も店先に立っていた。
犬はいた。
店頭にいる客たちは、誰も犬の前で立ち止まらない。
男は少し離れた場所でため息をつく。
そういう日が何日か続いた。

男は迷った。
妻に相談した。
やめてくださいね。きっと病気を持っていて大変よ。
狭い場所に閉じ込められている子って、性格が歪んでることも
あるっていうし、二匹もいるんだから。
と、念を押された。

それでも、男の足は習慣のように店に向かっていた。
犬が消えていた。
男は心配になって店員に尋ねた。

無表情な表情の若者は、
あれね。売り物にならないんで裏にやったよ。
どこですか。
男は若者を睨んだ。
若者は男を顔を見て、ついてこいと首を軽く横に振る。
店を通り抜けて裏口に出ると、
暗い中、屋根のない鉄格子のゲージに犬はいた。
下は剥き出しのコンクリートで
排泄物の臭いがきつかった。
男は顔を歪めた。
じゃ、と若者は去っていった。





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