「契約の龍」(131)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/11/20 12:06:38
思いがけない事で時間を取られてしまったせいで王宮に着いたのは、陽も傾き始めた頃になった。
新年の謁見の時間はとっくに終わっているはずの時刻だったが、午後の謁見はまだ終わっていなかった。控えの間にいる客の一人に話を聞くと、午後の謁見の開始が遅れた、とのことだった。「まあ、例年最終日には大勢の人が来るから、午前中の謁見が長引いたんだろう」とその人は言っていたが。
車を返しに行くと、そこにはクリスからの「客を連れて直接奥へ来るように」という伝言が残されていて、案内の職員とともに控えの間に残してきた二人を拾い、王宮の奥の方へ向かった。
廊下を奥に向かって進んでいく間、無性にいやな予感がして、首の後ろがちりちりする。クリスに割り当てられた部屋に向かう角を通り過ぎ、そのまま奥へ向かう。廊下の一番奥で案内が立ち止まった時、いやな予感な半ば当たったな、と感じ部屋のた。
そこは、国王夫妻の私室に当たる部屋だからだ。
案内が扉を敲くと、中から王妃が手ずから扉を開けた。顔色が悪い。
無言で中に入るよう、促されたので、それに従う。
扉を入ると、そこは居間になっていた。正面に窓を左右にしたがえた暖炉があり、左右には隣の部屋に通じるであろう扉がある。
「遠いところをようこそ。森のお方」
勧められるままに椅子に掛けたところで、初めて王妃が口を開いた。
「何か、あったんですか?」
「……あれから十日ほどしか経っていないのに、また、ですの」
クリスが危惧していた事か。
「また、というと?」
クラウディアが怪訝そうに尋ねる。その話は通っていなかったのだろうか?
「わたくしの口からは、何と説明したらいいのか…」
と、言葉を濁す。こちらに説明を振っているのだろうか?
「…現象だけからいえば、心臓の発作、でしょうか。原因は心臓そのものにある、という訳ではないようですが」
「それも、暴走した「龍」の仕業?」
「クリスが言うには」
「……会わせていただけますか?」
しばし考え込む様子を見せたあと、王妃の方を向いて、クラウディアが訊ねる。と、王妃が訊いてくる、と言って立ち上がり、左手の扉の向こうへ姿を消した。
「はぁぁーーー」
横の方から、長い溜め息が聞こえた。クリストファーだ。落ちつかなげに、辺りを見回す。
「クリスティンって、今、こんなとこで寝起きしてるのか?」
「…そういう事に、なるかな」
「……落ち着いて、寝られるのかな?」
「逆よりはましだと思うわよ?……誰とはいわないけど、昔寝床が硬くて寝つくのに苦労した人を知ってるから」
誰の事だろう?王宮の住人は成人前に一定期間の従軍が義務付けられているそうだから、そんな贅沢は言わないはずだが。
「まあ、どんな寝床でも、目が開けてられないほど疲れてたら、関係ないけどね」
などとクラウディアが嘯くと、隣の部屋に通じる扉が開いて、王妃が顔を出し、手招きする。…どうも、あまり大きな声で話ができる雰囲気ではないらしい。よほど深刻な事態なのか。
部屋の中は薄暗く、枕元のテーブル周りだけが明るく照らされていた。
中央を占める、天蓋付寝台の傍らにクリスが付き添っているのは、まあ予想していた事ではあったが、その傍らに白っぽい何かが寄り添っているのにはちょっと驚いた。部屋の暗さに目が慣れてくると、それは見知っている幻獣だと判った。
クリスの横に行き、肩に手を置くと、その肩がひんやりと冷たい。これで何度目になるだろうか、などと思いながら、「力」を注ぎ込むと、俯いていたクリスが顔を上げた。
「…前の時、邪魔したせいか、今度のは大きい。…だからって、阻止しない訳にもいかないし」
「それで、リンドブルム?」
「ポチは…呼んだ訳でもないのに、来たんだ。…だから、余計に心配で」
「ちょっと見ないうちに、ずいぶんと大きくなったもんだねえ、このちび」
いつの間にか、クラウディアが傍らに来ている。クリストファーは?とみると、ベッドの足元にたたずんでいる。
「預けた先が良かったんだと思う。…アレクの妹のとこだったんだけど」
へえ…と呟いたクラウディアがちらりとこちらを見て、それからベッドに横たわっている人の顔を凝視する。
ベッドの上は、天蓋から半ば下ろされたカーテンで覆われていて、直接灯りが顔に当たらないようになっている。が、上掛けからの照り返しで、国王のまぶたが下りているのが判る。
年表とかありませんかね?