【待ち合わせ】
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/03 19:01:55
一方的に、日時と場所を決めてしまったが、あのひとは来てくれるだろうか?
気乗りしない様子だっただけに、不安が募る。
あのひとが来なかった場合の計画(プラン)も、一応考えてはあるのだけど、心理的には、あのひとの存在が必要(マスト)だ。
あのひとと出会って、わたしのものの見方は一変した。
あのひととわたしとでは、それまで過ごしてきた環境が違うから、わたしにとっての「つまらない些細な日常」が、あのひとにとっては「別世界の出来事」なのだ。だから、同じ話を他の知り合いに話した時と、あのひとに話したときとでは、まるで反応が違う。だから、それが、楽しい。日常の些細な出来事も、つまらない噂話も、あの人が訊いたら、どんな反応を示すか、と想像すると、なおざりにはできなくなった。
あのひとはそれは自分が世間知らずなせいだ、と言うが、「世間を知らない」という点においては、他の知り合いも大して違いは無い。でも、あのひとには、その「世間知らず」を補う洞察力と好奇心がある。
だから、あのひとは、他の知り合い全部と引き換えてもいいくらいの価値がある、とわたしは思う。
言い過ぎだろうか?他の知り合い全部、というのは。
「オトモダチ」と自称する有象無象ならば、引き換えにしても一向に差し支えはないのだけど。
それにしても、ただ待つだけ、というのが、こんなに苦痛だとは思わなかった。私は待つのが得意だと思っていたのだけれど。でもそれは、相手が確実に「来る」と判っていたからなのだ、という事が今になって解った。
ずっと昔…子供のころに一度だけ狩に連れて行ってもらった事がある。その時に聞いた話だが、狩には二種類あるのだそうだ。待つ狩と、追う狩と。その時のその人の主張によれば、大勢で獲物をあぶり出して大勢で追いかけまわしたうえで仕留める、という貴族のする狩は、本物の狩ではないのだそうだ。
では「本物の狩」とはどういうものを指すのか、といえば、
「いつ来るかわからない獲物を待って、ひたすら待ち続け、そして現れた獲物をしとめるのが本物だ」
と言う。あくまでもその人の話によれば、だが。
そう。その人の主張による「本物の狩」には、わたしは慣れていない。
思えば、いつもわたしの方から会いに行っていた。行けばあのひとは丁寧に対応してくれたけれど、迷惑だ、というそぶりを隠しもしなかった。
あのひとのような種類の人間には、私がいつも弄しているような手管が通じないのは解っている。では、どうすればよかったというのだろう?
ほとんど脅迫のような手段で、いつもと違う場所で会う約束を取り付けたけれども、それさえも確約ではない。
そういえば、世間知らずを自認しているあのひとは、ここの場所が判るかどうか、確信が持てない、とも言っていた。
あのひとの方向感覚について確認を取った事はないけれど、…地図の見方は解る、って言ってたし。まさかどこかで迷っている、などと言う事は……ないと思いたい。
ああ、でも、それなりに義理がたいあのひとが、すっぽかす、というよりは、その可能性の方があるかも。…ありそうな気がしてきた。
ここへ来る途中で、道に迷ったとしたら……
だからと言って、途中まで迎えに行く、という訳にも…
手を拱いて待つしかないまま、時間だけが過ぎていく。
「…すみません。お待たせしてしまったでしょうか」
かねてからの打ち合わせ通りに(ただし、時間はかなり遅くになって)現れたあのひとが、わたしの顔を見て、申し訳なさそうにそう言った。
「……いえ。ご無事な顔を見て、安心しました」
「あまり「ご無事」では、ここには来られなかったと思いますが。なかなか難しい事でしたよ。命にはかかわらないけれど、医者の手が必要になるような怪我を負うのは」
どういう表情をしたらいいのかわからないので、とりあえず笑顔を作ってみました、という表情を浮かべて、あのひとがそう言う。打ち身擦り傷だらけだが、医師の話によれば、見た目ほどはひどくないそうだ。でも、顔にまで傷を作る事はないと思う。妙齢の女性なのに。
「何しろ、うっかりすると、無意識に自分で治してしまうので…」
そう言いながら自分の頬に手をあてる。その手を離すと、頬にあった擦り傷がきれいに消えている。
「申し訳ありません。「癒しの手」の持ち主に、無理なお願いをして」
「痛い目に会うのは、できればこれで終わりにしていただきたいものです」
ごめんなさい。
たぶん、この先も何回かは痛い目に遭わせてしまうと思います。
心の中だけでそう謝っておく。