【おでかけ】(5)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/08 08:45:58
小屋の扉の陰で、少女とリンドブルムが、一緒に丸くなってうずくまっていた。規則正しい寝息が聞こえる。
「…殿下。王族の方の嗜好に苦情は申し上げにくいですが、これは…」
「…あのな、あらゆる年齢の女をそういう目で見るんじゃない」
「冗談ですよ。殿下のお行儀が比較的よろしいのは存じております。…そちらの方面に関しては」
「…比較的、ね…」
青年がやや不貞腐れた様子で少女を揺り起こした。
「んー…何…?」
少女が目をこすりながら顔を上げる。青年の顔を認めると、一気に覚醒した様子で起き上がる。
「あ…殿下。えーと…?」
「ようやく警備隊のご到着だ」青年が後ろを指さす。「話が訊きたいんだって」
「…あ、はい。どこからお話すれば…」
少女が背筋を伸ばして座り直し、リンドブルムを手元に引き寄せる。
「あ、書類を作成いたしますので、詰所の方までいらしていただけると…」
「…何だ?さっきと随分態度が違うじゃないか。さっきはその辺で話を聞くだけで済まそうとしてたくせに」
「いいじゃありませんか。ここは冷えますし、書類を作成する必要がある事には違いはないんですから。えーと、ところで、そのリンドブルムはお嬢さんのですか?幻獣が持ち込まれた、という報告は受けていないのですが…」
どうやら彼が問題にしているのは、少女よりも、彼女と一緒にいる幻獣の方らしい。
「あ…門のところで訊ねられませんでしたので。…申告しないといけないものだったんですか?」
「それだけの大きさのものを見落とすとは思えないんですけどねえ…」
「…普段は封じておりますので。…こうして」
少女が幻獣の頭に顔を寄せて何事かつぶやく。途端に幻獣の姿がかき消える。
「…なるほど。幻獣使いでいらっしゃる?お小さいのに…」
「これでも十五歳だ。身長も一年前入学した時に比べれば、大分伸びてる」
青年の言葉を聞いて、警備隊の男が言葉に詰まる。
「子ども扱いされるのは慣れておりますし、…それを利用することもままありますので、気にしてはおりません。…詰所の方にご案内願えますか?」
気にしていない、と言いながらも、幾分むっとした表情の少女が、おもむろに立ち上がる。
「歩けない、とか言ってたのに、大丈夫なのか?」
「ちび…リンドブルムに少し力を分けてもらいましたから、少しの間なら」
そうは言うものの、足元が危うい。
「…やれやれ」と青年がつぶやいて、少女を抱え上げる。
「きゃ…何を…」
少女が驚いて足をばたつかせる。
「詰所まではだいぶ距離があるんだ。おとなしく抱えられときなさい。…それとも別の抱えられ方が好みか?」
「……いえ、これで、いいです」
一連のやり取りを黙って見ていた警備隊の男が苦笑する。
「殿下。あなたの方がよっぽど子ども扱いしているように見えますが?」
「…レディ扱いして無駄に警戒されるより、ましだ」
青年が低くつぶやく言葉は、ちょうど起こった機械の動作音にかき消された。
警備員詰所に着くと、青年と少女は別々の部屋へ案内された。少女には班長の指示で、携帯食のビスケットと温かい香草茶が出された。
あっという間にビスケットを平らげた少女は、たっぷりの糖蜜が入った香草茶で満たしたマグで手を温めながら、質問に答えて行った。
「…それで、彼らの顔に見覚えは?」
「…少なくとも、今日、王都の門をくぐるまでは会った事のない方だと断言できます」
「断言。それはまた…」
記録を取っていた係員は、疑わしげに少女の方を見た。
「私が学院に入学するまでに会った事のある人は…せいぜい百人をちょっと超える、くらいの人数ですので。彼らが学院関係者でないのは、明らかですし」
「…なるほど。それにしては、あなたが叩きのめした連中は、ひどい目にあっているようですが?」
少女の目が、ちょっと泳いだ。
「それは……刃物を持った人と対峙したのは初めてなので、逆上してしまったのではないか……と思うのですが。…加減ができないような力を揮うのは、やはりまずかったでしょうか?」
少女がしおれると係員が困ったような顔をした。
「…それは、私には何とも。とりあえず、全員息があるので、ひどいお叱りを受けるような事にはならないと思いますが」
「…そうでしょうか…?」
少女がカップ越しに係員の方を上目づかいに見る。
「まあ、あくまで希望的観測ですがね。…ではこれを読んで、間違っている個所があればそこを示してください。…なければ、最後の…」書類綴りの最後のページを示す。「ここの欄にご署名を」
少女が手渡された書類を読み進める間、係員が香草茶のお替りをマグカップに注ぐ。
途中、用語の意味について何回か質問したが、明らかに誤っている個所はない、という事で、ペンを手に取って署名した。
「はい、おつかれさま。長い事時間取って、すまなかったね」
受け取った書類を用箋ばさみに挟んだ係員は、ドアを開けて少女を部屋の外へ送り出した。
続きも楽しみにしています