「契約の龍」(134)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/13 21:39:11
(そうしたら、今度はアレクが学院に縛り付けられることになる。…それは避けたかった)
半透明な腕が、背中側から俺の首周りに巻きつく。感触はないが。
(いつ言おう、どうやって言おうって、ずっと考えてた。でも…結局今までズルズルと先延ばしになって…)
「…ごめん、クリス。もうしないから、体に戻ってくれ」
半透明なクリスが、耳元でくすりと笑う気配がする。
(アレクがそうしたいなら、続けてくれても構わないのに。…隠し立てしてた私が悪いんだし)
そういう趣味はないぞ。
(…ああ、そうだ。ついでだから、このまま「龍」のところへ…)
「……クリス。自覚してるかどうかわからないけど、いまにも消えそうだぞ?いったん戻って、休んだ方がいい。…頼むから、戻ってくれ」
半透明の顔がひとつ溜め息をついて、俺の背中から離れ、実体と重なる。
やや間があって、クリスの手がゆっくり持ち上がる。そして、俺の顔にそっと触れる。
「……私が怖いのはね、こうやって触れる事ができなくなること。…アレクを感じられなくなること。………あそこではね、「龍」の存在感が圧倒的で、自分を保つのが難しいんだ」
「…うん」
クリスの手に自分の手を重ねる。
自分が保てない、というのはともかく、「龍」の傍にいるだけで、感覚があやふやになるのは、自分も体感したから、解る。
「前の時は、時間が短かったし、独りじゃなかった。だけど……」
「一人になんて、しない。心細かったら、呼べばいい」
冷たい指先に唇をあてる。
「いつだって駆けつけるから」
「…ポチみたいに?」
クリスが目を細める。笑った、のだと思いたい。
「…ああ…クリスには、そういうのもついてたな。…俺ではリンドブルムより当てにならないか?」
「そんなことない。当てにしてる。とぉーっても。…前にも言ったよね?誰よりも当てにしてる、って。…ポチが気になるのなら、何よりも、って言いなおそうか?」
「いや。いい」
「…だけど…だからこそ、アレクとは一緒に行けない。…だから、それが、怖い」
クリスが手をぎゅっと握りしめる。その手を上からそっと包み込む。
「クリスが一人で行く、と言った時から聞きたかったんだが、…どうして、一緒ではだめなんだ?」
答えがあるまで、やや間があった。
「だって…考えてもみて?世話する人が、大変だよ?クレメンス大公の面倒は、「龍」が直々に見てくれてるけど、私まで面倒は見てくれないと思う。そこに、さらにアレクまで加わったら……」
「…なるほど。傍迷惑だな」
「それに…切り札は温存しとかないとね」
クリスの空いた方の腕が、そっとこちらの肩にまわされる。
「…ちょっと、気が楽になった。…少し、休みたいから……こうしていてくれる?……寝つくまででいいから」
そう言ったクリスが俺の体を引き寄せて、腕の中にもぐりこむ。
「…体の上に何もかけずに寝たら、風邪をひくぞ?」
「…じゃあ、その時の看病は、お願い」
普段着とはいえ、ドレスのままはきついのか、胸元を寛げながらそう言う。見る間に、腰の位置までボタンをはずしてしまう。
しばらくもぞもぞと動いていたかと思うと、いつの間にか寝息を立てている。
……これは、自制心が試されているんだろうか?