【過去話】怖い感情、とがった心・とがった刃物♫♬
- カテゴリ:人生
- 2009/12/18 21:26:55
・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★・‥…━━━★゚+.・‥…━━★ 少年院に行くのなんて怖くない。こんな汚いイジメから開放されるのであれば、どこだって行ってやる。
以前にブログにUpするのを、途中でやめた記事があるんです。
あの時ブログにUpするのが急に怖くなって、過去の自分を振り返るのが凄く怖くなって。
こんな事を考えていた自分に凄く恐怖を覚えてしまって…。( ̄▽ ̄;A
ブログを書く勇気さえも無くて、ブログを書いた自分すらも怖くなって・・・。
書いてる途中、ブログを中途半端でUpした事があります。
途中で怖くなり、過去に書いたこのブログと同じ内容を、途中で非公開にしたぐらい
自分の中で怖かった。お誕生日が過ぎて、1歳年を取り、少しだけ前を向きたくなって・・
書こうと思ったブログです。
イジメられてた子が、イジメてた子を殺したと言う話は良く耳にしたりニュースになると思います。
私も、もしかしたら、人を殺めてた1人だったかも知れないんです。
いつの頃からか、自分の防御の為、学生カバンの裏に果物ナイフを忍ばせ、持って歩くようになりました。
自分の身を守る為に持っていたはずのナイフは、私の心のスイッチが変わると同時に
凶器に変わったんです。(*´;ェ;`*) うぅ・・・
中学2年のある日、もう心の闇が限界に来たんだと思います。
刃物を手に持ち、イジメを広めた男子生徒A君に向かって刃物を向けました。
刃物を向けた瞬間、私の心にある何かが弾けたんです。もういいよ――
これで終わりにしよう。自殺出来る勇気が無いのなら、いっその事・・・・
イジメを最初に広めたA君を殺してしまえ。そう心が囁いたんです。A君に刃物を向けました。
※A君に刃物を向けた瞬間、周囲にいたクラスメイトや野次馬に言われたんです。
「お前、汚いんだよ。あち行け!俺の前から、消えろ!」「そうだ!そうだ!」同意する声も。
女のクラスメイト達は、私を汚いものと同じような目つきで見ていました。
誰も私には、近寄ってこなかったんです。私に手を差し伸べてくれる生徒は誰一人・・
私の心の何かが弾けてしまいました。
もう、限界!A君だけでなく皆殺しにしてやる。お前らなんかも死んでしまえ。
頭の中でクラスメイトを惨殺するシーンをイメージします。A君に刃物を向けながら
私は、これで楽になれると確信しました。こいつらを殺したら、私は楽になれると。
私に殺されてもおかしくない事を、お前らはしたのだと。そういうおかしな思考に陥りました。
血が飛び散ってるのを想像し、これで楽になれると
安堵感さえも浮かんだのを覚えています。
その事についてあまりにも心がパニックな為、その時の記憶が明確かどうかも
後日両親が呼び出されたか?大問題にしない為、先生の胸の内におさめたかは
正直、後日の記憶はまったく覚えがありません。
このイジメの根源を殺したら、あたしは楽になれる! こんなヤツら、生きてる資格なんて無い。
私が苦しいのを見て、あざ笑ってるやつらなんて人間じゃない。
刃物を向けた時間、わずか数分~だったと思います。私の人生はここで終止符を打つ。
これで終わる。イジメから開放されるのなら、その方が楽になれる。いっその事
イジメたクラスメイト全て惨殺して、自分も死を選ぼう。もう良いよ。私疲れたよ!
地獄さえも怖くない、死さえも怖くないと感じていました。
4年間のイジメは着実に、汚い方向へ、おかしな方向へ変えていきましたΣ(´□`;)ハウ・・
※でも、そんな時一瞬だけ。
急に何故だか分からないけれど、涙がドッ!と溢れてきました。涙を流しながら...
A君に刃物を向けたんです。人を殺す恐怖と良心との葛藤の涙だったのだと思うのです。
家族の温もり、これをコンマ何秒かの間に思い出さなければ
イジメの根源の彼だけじゃなく、他の子達も間違い無く刺してた気がします。
あの時の私は、ほんとに彼や周囲のクラスメイトを刺してたかもしれません。
※人間って、追い詰められれば追い詰められるほど恐ろしくなっていく。
その心の中には一瞬の光がどこかにはあるんです。その一瞬の光に、助けられました。
彼を刺す事は無く、勿論、惨殺も無く。次の日から、不登校児になり、学校には行かなくなりました。
私は、犯罪者になりかける所だったんです。もしかしたら自殺までしていたかもしれません。
一瞬の家族の顔さえ浮かばなければ、良心の葛藤が無ければ
私の人生はほんとうに終止符を打っていたし、あの時の感情は今思い出すだけでも
恐怖すら覚えます。人として壊れた感情が、あそこにはあったのだと。
今のあたしが居るのは――
あの時のコンマ何秒かの家族の笑顔に助けられたんです。
今の私が、ここに居るのは、私の周りに居る人達のお陰なんです。
・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★・‥…━━━★゚+.・‥…━━★
私も小学生、中学生の頃
いじめられてました。(トイレに閉じこめられたり、侮辱されたり)
・・あなたほどではありませんが
その頃の私は、苛めた人の家などにに放火などして苛めた人の家族まで出来るだけ証拠が残らないように殺して
指名手配される前に自殺するつもりでした。
先生に告げ口する勇気がなかったら
A君に刃物を向けたんです。人を殺す恐怖と良心との葛藤の涙だったのだと思うのです。】
多分違うと思うのですよ。
それは、後で理屈で考えた涙の理由。
精神のこちら側にしか理解が及ばない人には、最期まで分からない涙の理由。
同じ理由の涙は、命を根源から実感しているときに顕れます。
それは、生命の重さとかそういう次元を超えた、存在することに於いての溢れる涙。
とてつもなく存在することの感謝に包まれる時に、あまりにも哀れに履かなく存在を悟る時にも。
様々な相で、
生命を超えて存在自体の有難さや
あまりにも儚く小さいことや
傍らに在る哀れな存在を感じた時。
一瞬触れる悟りの断片。
それに出会ったときに、此処に書かれている涙は流れるのです。
嗚咽のように、自分の奥底から溢れ出て出て止まらない。
生命の何かと精神の奥底に在る感情が湧き上がるかのような深い涙でしょう?
そういうときは、峻厳だけれども優しく慈悲深い瞳の様な存在が、
貴女を見守ってくれているはずです。
見たことはないかもしれませんが。
喩えるのなら、ピラミッドに描かれる瞳の様な存在ですか。
あれは、方便の様な描写に過ぎませんけど。
子供の頃は、毎晩寝る頃に訪れていたけど。
大人になってからは、死にかけて命がつながる迄の間、見守ってくれていた。
その見守るうという力は、想像を絶する大きな力だと、その時初めて知りましたが。
P.S.
他人の目や思うことなど気にせず書きましたので。
σ(・・*)、元サバンです。今も兆候が全くないわけではないけど、いわゆる頭でっかちなだけで
生活に支障は出ていません。 病院通いですがね^^;
いじめられっこでしたね。
こればっかりは、経験がないと分かりようがないとは思います。
「人に手を上げてはいけません」 ←家の家訓。
もちろん、「相手が自分や、守らなきゃいけないものに手を上げたら、容赦してはいけません」。と続きます。
耐えましたねぇ。だけど一回だけ、本気になってしまいました。
やっぱりだめだ、ちょっとこれ以上は書けない。
「暴れたら大変だ」と、みんな遠ざかったとだけ書いておきます。
人の痛みも自分の痛みも知らない、そんな人たちが増えてきたね・・・。
怖い世の中になってしまったかも?
よくがんばってきましたね。
すごい、人だなあ。
病気はあったけれど、普通の家庭で育ったから踏みとどまる最後の壁があったのだと思います。
つらい体験から心が逃げる逃避行動は人間の防御本能です。
こころが壊れないよう自我を保てるよう思考が働きます。
いじめからRinaさんのこころはギリギリだったんですね。
本当に最悪の結果にならなくてよかったです。
人間は苛めをします。動物界でもあると書かれていた人がいましたね。イルカもするんです。
つまり高等な脳を持った、いわば、知能が高いとされる生物が行うんです。
自然界は弱肉強食で、生きる為に殺して食べる。それ以外はむやみに傷つけたりすることは
あまりありません。もちろん例外もあります。
自分よりも弱い物を標的として傷めつけ、それを楽しむ、いわば優位に立ちたいという欲求が
あるのでしょう。標的にされた者は、生命の危機に陥ります。
そこから考えれば、なんとしても生き延びたい、逃れたいと攻撃に出る行為は生存本能であり
自然なことのように思われます。
Rinaさんが相手に向かっていったのも、心の闇とは思えず、自然の成り行きではないか
とも思えます。もちろん、周囲やRinaさん自身にとっては恐怖以外の何ものでもありませんが。
Rinaさんが標的とされたのは、たまたま障害という他の人とは異なった特徴があったという
いわば、とても分かりやすいケースで、障害のあるなし関係なく、誰でも、現実に苛めの経験に遭う
可能性があります。
そう考えると、すべての人が加害者にも被害者にもなり得るのです。
視野を拡げてみれば、人種問題、宗教問題、などで起こりうるゆえなき迫害は、国家という名の後ろに隠れた規模の大きい苛めの構造そのものです。
Rinaさん個人の体験された痛みは、体験された人にしか分からない苦しみであると思います。
その普遍的な苛めへの問いは、個人から個人というレベルと、広い世界で起こっている紛争と
実は深い繋がりがあるように思えます。
個の痛みを少しでも離れ、他者への共感と視野を広角に持たれたならば
また、違った見解を考えるきっかけとなるかもしれません。
本当に、苦しくて、何もかもが嫌になってしまったんでしょうね。
でも、苦しみの中にありながら、ご家族の事を思い浮かべる事が出来て、
本当に良かったと思います。
一瞬の光・・・その光の暖かさに救われる事ってステキな事だと思います。
私は社会人になってから、自殺を考えた方なので・・・。
暗闇の中に、じっと殻に閉じ篭っていた時、フト暖かい光に手を伸ばして、
今の私がいるんです。
沢山、苦しんできた分、沢山の愛情や、幸せが、Rinaさんを包み込んでくれると信じています。
わざわざ調べて下さって、ありがとうございます。
Rinaさん、まさにそれが私の言いたかったことです。
結局、どこも似たもの同士で集まっているように思います。たとえ望んでいなくても。
夫婦もそうですよね。極端な例でいうと、DV夫とその被害妻。
当然!暴力をふるう方が悪い!に決まってるし、犯罪だし、罰せられるべきだし、弁解の余地もない!けど
何故か惹かれあい、縁ができて、凹凸のようにぴったりはまっている。
人が悪い環境から離れることができたとき、
確かにその人は、その人自身が、良いほうに変わったに違いないと私は思っています。
ニコにいる方はすべて悪い人ばかりじゃないから、こういう言葉を病気のRinaさんにかけてくる人に感謝して欲しいな。本当にありがたいね♪。良かったね★。私も、そういう高校時代だけでなくあったけどさ、Rinaさんが前向きに克服しようと思う気持ちがあればどんどん人間は変われるし、良い友達もたくさんできるよ。でもたくさんの方に病気のこと理解してって言うのも、難しい話だから、少しの理解者がいるだけも人生違うよ。
脳の病気だから、今は辛いことは吐きだして、ニコの人に吸収してもらって、いつか相手の立場になって物を考えることができるようになると、自分の身勝手さ不甲斐なさとか、少しずつわかってくるよ。
Rinaさんもきっと、心が繊細で優しい子だからなお更、いろんなことが敏感に感じてしまうのだし、それは悪いことじゃないから安心して、人と距離を取りながら接して行ってね★。見ず知らずの私が言うことではないけど、一応私自身もRinaさんと同じ経験をして、克服した人間だから言えることなんだけど・・・。少しずつでいいんだよ。ゆっくり。
時間が解決してくれることもあるしさ、私もたくさんの人に迷惑かけたし、今も病気と闘いながら、自分の戒めとしてアートがあるのね。
もっと気楽にゆっくりニコでのコミュを楽しんで、過去のことを消化できるように「あのときはしょうがなかったんだ」と思えるよう、願っていますよ。ごめんね。なんて言葉かけていいやら、ちょっと悩んでいたもので・・・。
訪問ありがとうね★
悪いから苛めを辞める。だけではなく。
犯罪をなくすために苛めを辞める。
もあるんですね。
逆に私は今Rinaさんがいたてくれたおかげで
自分がいじめていることに
気づきやめることが出来ました。
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波長の法則が気になったので調べて見ました。波長の法則じたいは、良く分からないけれど――
でも言える事があります。人って自然と似た人が寄ってくる。昔イジメられていた時は...
イジメられてると言う心の周波数か何かが、自分と接点のあるはずの人を遠ざけた事は事実です。
で、高校の時、私が出逢った人達はいわゆる、皆 「悪」でした。
もちろん、出逢う人たちも 「悪」な方ばかりです。良い人たちは、私の周りで
出逢いはありませんでした。それは、きっと・・自分がやっちゃいけないと心で気付いた時点で
この 「悪の集団」 からは、離れていったんだと思うんです!
そして、以前保険の外交員をしてた時は、周りが大人だらけで出逢いはありませんでした。
今、私が仲良くしてる方達は、やっぱり波乱万丈な子達や、私を理解してくれる方ばかり
気付きとか、波長とかは分からないけれど、ただ言える事は、自分が成長する度に
周りで出逢う人達は、変わってくるのでは無いかな?って事・・この当時の私には――
出逢いと言う言葉さえも見えなかった。それは、きっと人を信じる事が出来ず、家族さえも
自分を理解してくれないと、嘆いてたから。だから、家族さえも私を分からないのに
赤の他人が、私を理解出来る訳無いだろうと...
だから、きっと人って、自分のレベルに合う人が自然と仲間として寄ってくるんじゃないかな。
これは、あくまでも私の考えで実際は、どうか分からないです…。( ̄▽ ̄;A
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そんな人たちの為に犯罪者になっちゃうのってなんかすごくいや。悪いのは向こうなのに。
だから思いとどまることができて本当によかったです。
もちろん私には想像できないレベルのひどいいじめですごく大変だったのでしょうから
全部終わりにしちゃえって思ってしまうのも無理なかったと思うのですけど・・・
でも思いとどまったからこそ、今は自分をわかってくれる彼がいて、穏やかなお誕生日を
過ごすことができたんですよね。
本当によかったと思います。なんだか長々ごめんなさい。
そんな家族に囲まれているRinaさんも本当に素敵な方なのでしょう♬
私の通った学校ではそこまでひどいいじめはありませんでした。
クラスの和を先生たちが上手に作っていたのかな…
大人になったら、人に罵詈雑言を浴びせただけでも犯罪なのに、
どうして学校だとイジメという安易な言葉で済まされるのでしょう。
いじめられるほうが悪いと言う人もいるけれども、大人の世界では
そんな道理が通るはずもないのに。
嫌なことをされたら怒っていいんだと子供に強く教えるべきかも知れません。
友達のお姉さんはメキシコに住んでいるけど、イジメなんて全く無いって。
ニコッとの友達にもイジメにあった人は結構多くて、私も小学校であった。
皆大人になって本当に生きるのが楽になったと言っています。
不登校は学校に行く権利を取られるようで悔しいけれども、緊急避難としてはいいのかな。
友達の子供は人が羨むような進学校の高2ですが、リストカットするように。
話を聞くとどう考えてもいじめなのですが、親も本人もそう思いたくないようで…
クリニックに相談を申し込んだら数ヶ月待ちで、結局だましだまし学校に通っています。
相手に何もされなければ学校も塾も安全な場所なので。それにしても理不尽な話です。
今の笑顔、忘れないで
その光を引き出してくれたのがご家族からの愛だったのではないかと…
これからも、Rinaさんの強い、あたたかい光を育てて大きくしていって下さいね。
体からあふれでるような強い光を持つ人には、いじめや嫌がらせをするような人たちは
寄ってこれません。
ご存知かもしれませんが、これすなわち、波長の法則です。
類は友を呼ぶともいいますね。
大人になってくると、それが顕著に出てきます。
Rinaさんはとてもきれいな光をお持ちだと思います。
自分を慈しんで下さいね。
そうすると、いい人が集まってきます。不思議とね。
お誕生日おめでとうございます~誕生日━(★´・x・ノノ '`゚チ'`゚チ ┌iii┐ ε-(・ε・´) フゥ-━ォメデトゥ♪
唯、唯、本当に良かったです。。。
苛めは苛めた方が絶対に悪い!!!
Rina❤さん本当に良かったです☆
もっと早く不登校になってればもう少し楽だったんでしょうね
家族の存在は本当に大切なんですね
ななおは今でも愛情に欠けた部分があって苦しんでいます^^;
クラスメイト達にもよく分かったと思います。
そのできごとは良くも悪くも人の心を動かしたのかもしれませんね。
いじめに合ったらしいです。
でも、仲のいい友達が遊びに来てるし、あたしともおしゃべりします。
将来はどうするのかな?ってちょっと心配だけど、その子なりに青春してるみたいです。
あたしも、幼稚園のときは、体型のことでいじめられたけど、小学校に上がって、環境が変わって、先生も変わったら、いじめはなくなりました。
そういう転機ってあると思うし、そこまでの課程で、取り返しの付かないことをしてしまったら・・
人生が・・
よかったですね、思い止まることが出来て。心配してくれる家族がいて。
堪忍袋の緒が切れることはありますから、その時どう対処するかが大切ですね。
いじめという話からはずれていますが。
もし私たちが、自分の心のなかに平和を持っていなければ、
平和のために働くことも、平和をもたらすこともできません。
平和のために祈るには、まず許すことから始めなければなりません。
byマザー・テレサ
今では後悔しています。戦えばよかった、と。自分自身を裏切ってしまったからです。
私は何をされてもやりかえせない自分が嫌いでした。
正しいことを正しい、間違っていることを間違っていると言えなかった。
自分の身もプライドも守ることができませんでした。
その悔しさを引きずって今も生きています。
「自分がされて嫌な事は人にするな」
子供の時に教えられた事を、皆が理解・実行出来れば、世の中もっと良くなるんでしょうに・・。
痛みの記憶は受けた側に何時までも残りますけど、薄くなり、忘れやすくなるためには
やっぱり他人の優しさや 支えが必要なんですよね。 当たり前だと思わずに生きて行きたいです。
つらかったんですね・・
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うーんっと、私の場合は持病の癲癇の発作が起こしたイジメでした。
最初は先生だけは私の味方だったのです。何回も家庭訪問をし私のイジメが無くなるようにと。
でも次第に、先生は私を付け離し始めました。理由は多分、生徒に嫌われたくないから^^;
私のイジメは最初、ごく一部の物でした。それが気がついたら先生まで私をのけ者にし――
生徒もクラスだけではなく、学年そして、学年にいる同級生の兄弟まで広がりました。
自然と、クラスメイトの兄弟の家族にも話が伝わり、クラスの同級生の母親まで、私を笑いものに。
ただ、問題なのはこれが被害妄想なのか、それともここまで本当に広がったのか・・・・
正直今では検討がつきません。あの頃の記憶が混乱してるので、心を整頓してるのも事実ですし;
>みなさんは、もし、自分の子が虐められていることに気づいたらどうしますか?
私なら、学校に行かなくて良いと言います。そして、心のケアを重点に置き、一度イジメから開放します。
その後の事は、まずは置いといて。5年間義務教育受けなくても何とか私生きてますもん(笑^^;
私は1つ1つ、拗れた紐を結びなおす作業から始めると思います。
どうしてこうなったのか?何時間も何十時間もかけて、1ヶ月や半年、1年かかるかもしれない。
でも、紐を拗らせたまま・・大人になると大変なので。まずは、学校を休学させます!
そして、男の子か女の子かによって、そして、その子の性格によってもケアは変わってくると思うんです。
飴だけじゃダメ、鞭だけじゃダメ!子供に分かりやすいように答えを導くのが大事。
私は話を聞いてもらいたかった。だから、私は話を聞いてあげたいと思っています!!!!
※それが例え、大人の私にはくだらない内容でも、その時の子供にとっては重要な事だと思うから。
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イジメはよくないのは明らかですが、古今東西、イジメは大なり小なりどこにでもあるし、動物社会にも当然あります。というか、野生の猿などだと、弱い個体は淘汰されますよね。もちろん、人間社会では虐める方が悪いのですが、現実問題として、弱いものを虐める人間はどこにだっている。だから、いかに被害に遭わないか、あるいは守ってくれる人を味方につけるか、ということになりますよね。子供のうちは自分でできることも限られているから、中学生くらいまでは、やはり学校の先生やご両親などが、子供たちの行動をよく観察して、ケアしてあげるのが一番大切だと思います。気の弱さとか、コミュニケーション能力って、虐められてる本人の責任ではない部分も大きいですしね。もちろん、虐められる本人も、現実を見つめて自ら立ち向かう勇気が必要なのでしょうが、それがあったら最初からひどいイジメにさらされることもないわけで、難しい問題ですよね。
みなさんは、もし、自分の子が虐められていることに気づいたらどうしますか?
大人になってもこういう現実ってやっぱりある。
大陸から追われて小さな島国に逃げてきた日本人っていう人種
だからなのかな、ってときどき思います。
ネットの世界も入口はそれぞれだけどやっぱりどこかグループが
存在してるんじゃないかな―って感じることがあるよ。
かならず味方になってくれる、そういう人が一人でもいたらいいね。
そうなっていたらきっとRina❤さんの心にも刺し傷が残ったと思います。
大人になってもイジメや嫌がらせってあちこちで見かけますが、
学生時代は特に狂った時代のように感じます。
同じ教室で陰口叩くもんだからよく寝てたっけ、女の集団はいくつになっても怖いです(´・ω・`)
気の強い所があるので、やり返して立場逆転した事もありますがw
武器を持つとそれに頼るようになるって言いますね、
かといって無防備なのはあまり良い事じゃない…
ので、出かける時はヘアスプレー(小さいケープ)を持ち歩いていたりw
過去の体験を、そして自分自身を非常によく消化して身になっていると思いますよ。
よくこれほど冷静に振り返ることが出来るのかと感心します。
ご家族の対応もちゃんと被害者意識を持たずに評価できているなんて、なかなかできないことですよねー・・・
あらゆる苦難を体験していながら、こんな風に血となり肉とすることができる人は・・・ほとんどいないかもしれない。
その意味で、まことに幸運でした。
まわりにちょこんと転がっているたくさんの小さな幸せを味方につけることができるはずです♪
僕も…いろいろあったから…よくわかるよ^^
イジメは犯罪だということに気づかないフリしてる卑怯者達がおおすぎて
正常な人が壊れて往く…
間違った時代の中で間違った価値観が横行する…
人として正しかったのはRinaちゃんだよ^^
よくがんばったね…思いとどまって自分を守り切った貴女は
イジメをしていた連中よりも遥かに正常で正しい判断をしているよ^^
消化して過去の事として向き合えるのも今幸せだからですよね?
過去なんて過ぎてしまった出来事です。
これからどう生きるか❤
絶対rinaさんはどんな事にも屈しないで強く生きていけます(^-^)それが一番です♪
家族の笑顔に助けられたんじゃなくて思いだせたその心が犯罪者は嫌だと願ったのでしょう。
rinaさんの心はあなたを犯罪者にも死へも導かない気がします。
凶器は持ち歩かなかったけど、狂気は持ち合わせていたと思います。
自分が在籍しているその教室だけが一番居たくない所だったからね。
居れば居るだけでストレスでしたから、キッカケがあれば弾けていたやも。
まぁ、その教室だけが原因なだけで、そこから出てしまえば解放されていたのが救いであった。
弾けるキッカケというのも足りなかったのは覚悟だけだから、
Rinaさんのものとはレベルが違うかもしれない。
それに時代劇好きの自分には、「お天道様に顔向けできねぇ」という太陽信仰もあったし。
婆ちゃんを悲しませることはできないと言う気持ちも支えになっていたかな。
あの時も今も「人に相談する(弱みを見せる)のが恥」と考えている傾向があるので、
なかなかストイックな人格形成をしてきたものだなぁっと我ながら思うのであります。
もしあなたが相手を本当に刺してしまったら、そして自分を終わらせてしまったら、
こんな切実な世界があるなんて知らずに「イジメってダメだよね~」程度の薄っぺらな認識しかもてなかったでしょう。
過去の辛かった時期の分まで、今のRinaさんが幸せであることを切に願います。・゚・(ノД`)・゚・。
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うんっとね、ここに行き着くまでには段階があったように思います・・・。(ー'`ー;)
最初は、常に眠くなる事で逃げていました(ナルコレプシーと言う精神的な病だそうです)
次第に、ウザイぐらいに親に甘えるようになりました。親が忙しいと分かると小学生の妹に甘えてました。
妹から離れず、妹が遊びに行くと言うのを引きとめ、駄々をこねていました。
次第に妹が成長してくと、私をほっておき、遊びに行くようになりました。
てか、当り前です。妹にも個人的な交流があるのですから・・・
次第に「自分が悪い」「生きてる資格がない」などと、自分を卑下するようになりました。
自分を卑下し、自殺を考えるようになった頃から、心が歪み始めてきた気がします^^;
※こんだけSOSを出してるのに誰も助けてくれない・・・
転校もお願いした。母親に甘えるけれど、つけはなされた。妹は私を見てくれない!
私はこんなにも苦しいのに、何で誰も助けてはくれないの?そういう思いが次第に、爆発を
生んだ気がします。でも、転校をさせてくれなかった事は別として――
母親は思う存分、私を見ていたと思うし、妹は私の話をちゃんと聞いてくれていた。
私があの当時、気がついてないだけで。ちゃんと見て居たんだと思うんです。
でも、自己中にもなっていたんだと思うんです。悲劇のヒロイン・・伯母さんに良く言われていました。
口は悪い伯母さんだったけれど、ずーと私の話を何時間でも話を聞いてくれました。
口がかなり悪いけど、ちゃんと子供の事を一人間として見てくれる人だった。
「あんたは、悲劇のヒロインになってるだけ。だから周りが見えてない」
でも、あの頃の私には何も見えてなかっただけなんですよね。手は差し伸べられていたはずなのに・・・・
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心のギリギリ限界の所で、それでも耐えて戻って来られた事がRinaさんの凄い所だと思います。
私も、追い詰められて、元凶の相手に殺意すら抱いて…その死に様を空想する事で自身を安定させていた事すらありました。
実際に刃物を向けた事こそありませんが、手に持てる重さのモノ(机・椅子・分厚い辞書など)を手当たり次第に投げつけた事ならあります。
その時私の中で「ココで殺しても意味が無い。最低レベルの連中に合わせて、自分がそれ以下になってやる義理なんて無い」という酷くネジ曲った意識がストッパーになってました。
ある意味、復讐したいと願う相手を見下す事で自我を保っていただけなのかもしれません。
凶器になりえるモノを持てば、確実に私はソレを使うだろう事は判っていたから、憧れる反面怖くて持てなかった…当時の私の「自分を救えるのは結局自分しか居ない」という認識に縋る事だけが身を守る術だったから…
男性で苛められていた人がいるんですが
その人良くパニック障害?机やいすを振り上げ
ガラスなどを割っていたんですが…。
野次馬?の方はからかっているつもりなんでしょうが
本人から取ったらこれ以上ないぐらいの屈辱なんですよね…。
我が家の怪獣 1年の3学期のイジメを引きずって 5年の今でも登校拒否気味(>。<)
多分、その子の心も限界だったのでしょうね・・・
ただ、周囲の子が野次をとばしてはいなかったと思います。
ここに書かれている内容って、思い出したくないことでしょう?
それをあえて、アップできるということがすごいと思いますよ!!
やっぱり、最後に救ってくれたのって身近な家族だったんですね・・・
貴方が悩んだ分、おそらくAくんもその他の人間もみんな「後ろめたい」気持ちが現在残っているはずです。もしかしたら、まともに貴方を見ることができないかもしれません。
「ばちが当たる」という表現は好きじゃないですが、「一生心に残る後ろめたさ」を持った人間たちに憐れみを持ってください。
優しくしろとか、許してあげようという意味ではなく、貴方自身の心の中で「憐れな連中だ!」と見下す気持ちでも構いません・・・という意味です。(…人間は聖者じゃないのだから、自分で蒔いた「後ろめたさ」は一生自分で抱えていかねばならないのです。
ともかく、現在・未来の貴方自身の人生を大切に見つめていきましょう!…辛い思いをした貴方は、きっと誰かにそんな思いをさせる訳はない。相手のことを考えるというのは、相手も貴方を尊重・許容してる場合でしか通用しない話です。
現在と未来に自分の心を向けてください!
何方もそのお気持ち、ご理解頂けないと感じておりましたら
いつか想いは溢れます。
良くも悪くも・・・
流されました涙、少しこのお話とは違いますが
私も怒りながら良く泣きます。
凄く腹立たしいのですが、自分の想いが上手く伝わりません事に対し
その不器用さ故に溢れる涙です。
最初に『以前にブログにUpするのを、途中でやめた』と申されておりますね。
きっと綴っていらっしゃいます途中も 涙やお体の振るえで
キーが上手く打てませんでしたのでは御座いませんでしょうか?
しかし、こうしてまたUp出来ましたという事は、それだけ当時(途中でUPをお止めになられました時)より
お心穏やかになられていらっしゃるのかもしれませんね^^
きっとご家族、旦那様、ニコタの皆様が過去を癒すお薬のように
これからも優しい光となって下さいますかと思います。
集団心理なんでしょうか、普通の子供がそんなに残酷になるなんて。
病的に意地の悪い子が先導するのでしょうか。
きっとA君も不幸な子供だったでしょうね、いじめで発散できてたかもしれませんが...。
家族って、やっぱり凄く大事なんだなって思いました
どこかに、自分を愛してくれてる人がいるって
そう思える愛情をあげたり、もらったりしていれば、
最後の最後、人は理性を取り戻せるってことかなー・・・
勇気ある告白・・・ありがとう^^
わたしは,自宅で食事の後片付けをしながら,母の背中を見て,
手に包丁を持っていて,
「あー…これをこうやって前に出せば,きっとこの人は死ぬんだろうな…」
と何度も考えました(^_^;)
実行しなくてほんとによかったですが…(>_<)
でも,今,お互いここに,います♪
いろんな体験をして,ここにいるRinaさんだから,きっとやさしい気持ちで生きていけますよ(^_^)
素敵な,キラキラの人生を,歩いて行けますよ♪
本当に良かったです…それが思い浮かばなければ、と考えると。
とても怖いですね。
私も、精神的に追い詰められた時、台所の包丁を取り出したり、
剃刀の刃を出してきたり、色々しましたが…何とか正気を取り戻し、
今があります。。。
自分の中のどこか奥底にしまいこまれてる記憶であっても、
確かに自分の中に存在はするようで。。。
それがあるから、今、この自分でいられるような。
あぁ、うまく言葉にできません;;
今回、このブログをRinaさんが書けたことで、少しでも素敵な未来に繋がっていきますように。。。
ひどい人達がいるけど、
たぶん自分の人生をかけてまで、
殺す価値もない人達だと思います☆
心の葛藤、暗闇の怖さ、精神のバランスの限界。。
そして、そこまで追い詰めたクラスメイトへの友情?
家族との温もりが細い一筋の光になって、救い出してくれたんですね。
本当は救いを求めてただけなのにね…
クラスメイトの人達も、何かを感じて考えて生きていって欲しいです。
誰もがいつ、いじめられる立場に追い込まれるから…
踏み出さなかったのを読んでホッとしています。。。
刃物ってのは殺せる道具って認識した時点で堰を切ったように感情があふれるんだろうね。
ようやく過去と向き合い、ここまで来れたんだもんね。
これからいっぱいイイ事あればいいね♪
無事良い32歳の誕生日を迎えられてよかったですね。これからも穏やかな優しい誕生日を迎えられますように・・・。
私の場合は、他人に刃を向けるのではなく、自分に向けたケースなんですけど
でも、その時頭に浮かんだのは、同じく家族の事でしたです。
家族の笑顔、Rinaさんを支えてくださる方たち・・・
それが、Rinaさんのそばにあってよかったです♡
私は、Rinaさんをそばで支えてあげられる人になりたいです(´ ∀ `*)
今は、Rinaさん、がんばってると思うよ。ちっとも弱くなんかないです。
良いことたくさんRinaさんに訪れますように。
一筋の光に感謝。
そして、Rinaさんがたどり着いた強さとあったかい心に、心からの敬意を。
その闇に飲み込まれる寸前、光を見出せてよかったねww^^
一度体感した闇は、いつまでも心の中に巣食って、思い出すたび辛いもの。
でも、Rinaさんのまわりには、暖かな笑顔の光があふれてるwww
もう、大丈夫だよw^^
私が悪いって思う方なので、人をと言うより、自分が死ぬことしか考えなかった。
飛び降りたら楽とか、刺したら楽とかね・・・
自分を責めて、責めてする方でした。
私も出来なかったのは、踏み留まる光があったのでしょう
人として一瞬の心の闇は本当に怖いです。
今の子は心の闇のまま生きてしまう子が多く、親として切なく哀しくなります。
命、人の痛み、優しさ、伝えたい言葉、心を教えるのは難しいです。
Rinaさんのように上手く言葉で表現できたら良いのにって思います。
怖い記憶ですが、自分の姿見つめなおす勇気素敵です。
苦しかったと思うけど、本人にしか痛みがわからないと...
ほんとうに良かった
本当にイジメ無くなる事を願います
イジメは根絶をしないと・・・
「お蔭様で」という言葉、私は好きです。嫌な事と同じ分、良い事もある筈ですから、それに気付かせてくれる言葉ですよね。
きっとその光はいつまでも変わらずRinaさんを照らしてくれているはず・・・
こんな不幸がこの世からなくなるといいですね。
平和で幸せな世界でありますように。
その光。その美しさと、強さをもっているという恵みだったのでしょうか。
しんどかったでしょうに、小さなRINAさん><。
最後の文章、その優しさにどきどきふんわり嬉しくなります。
私も過去の痛みから、いま「スティグマ研究」しています。
一歩一歩、自分を知ることもその一つ、私も向き合う強さを頂いた気がします。
どんなに凶悪な犯罪者でも光はあるし、逆にどんな良い人でも闇はありますよね。
Rinaさんに光が見えてよかっt…って、この文なら前文でいくと犯罪者になってしまいますね、駄目じゃないか俺!←
人間は必ず誰かに支えられて生きているんです、その事を思い出せたRinaさんは
凄いと思いますよ^^
そしてイジメも陰湿で過剰になるのもこの年齢。
生きていれば良い事も辛い事も必ず誰にでも訪れる事。
そして私がRina❤さんに出会えたのも偶然ではない必然。
良かったら私とお友達になって欲しいな
そのおかげで今のRina さんに会える事が出来たんですから(*^^)v
もう解放してあげて下さいね^^
でもそれはきっと心の奥底でいつも光っているものだと思うよ。
ただ気づきにくいだけ。
でもRinaさんにはもう見えているから大丈夫だね。
誰しもそういう瞬間はありますよ。あたしにもあるし、隣の人だってあるかもしれない。
でもそういう「ニンゲン」とどう付き合って、折り合いをつけていくか、きたか。
今ここにたっているってことはどうにかこうにかやってきたってことだもの。
刃物を出したこと、ありますよ。
中学のとき、目の前でクラスメイトがコンパスの針で背中を刺された瞬間を
目撃したこともある。
離婚でもめたとき、殴られて鼓膜を破られたこともあります。
でも、そんなもんなんだってここに立っているあたしはそう思ってつきあっていたり。
自分自身ともね。。。
なんかうまいこといえないなー><
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うーん・・多分、普通だったら心の奥底に押し込めておくべき内容なのかも知れないけれど...
私にとって怖い記憶だから、あの日の記憶は、自分の中での記憶として大事な記憶だから。
心に抑えていた感情が溢れ出した日だとも思うから。誰かに見せるとかではなく
自分の中で消化してく記憶としてのブログ^^;
イジメの恐ろしい所って、イジメてる側が思ってるより、もっとイジメられてる側が
耐えられなくなり、自分の思いとは違う思考パターンになるところだと思うんです・・・。(ー'`ー;)
救われる人と救われない人の違い。うーんと、私の場合はもともとの性格にあるのだと思います。
何をするにしても「怖い」そして、「優柔不断な所」普段なら、その性格は欠点でもあるんですけど
この日は、優柔不断に助けられました。
優柔不断ではなく、何も躊躇せずにサバサバとした性格なら
違った未来が、待っていたのかもとも思います。躊躇する性格だったから
私の場合は、救われたのだろうなって・・
きっとイジメの根本的な原因は、そんな優柔不断な私の性格も要因のひとつだったのでは?とも...
私の場合は、優柔不断な性格と感情の起伏が激しいのとで、1つの光が見えたのかなと。
かりネコさんの言うように家の中も凄く居心地が悪かった。だから、私が心配したのは
母の悲しい顔でした。あの涙の理由は、今でも何だったのか分からないのです。
家族の思い出が走馬灯のように駆け巡りました。私は自分の死も覚悟したんだと思います。
私の場合は、本当に特殊で4年間、過去のブログを読んだ人はある程度想像が
つくかも知れないけれど、本当に人として壊れてしまうぐらい酷いイジメだった。
※いつも赤とピンクの文字色を使ってブログ書いてるよ。だから赤色に特に意味は無いの。Σ(´□`;)ハゥ
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殺す、殺される、殺す、殺される
と思考のループの中にいましたので
簡単にはいえませんけど
解るような気がします
それでも生きていてよかったと思います^^
そうなっていたからと言って、私はきっと責めなかったでしょう。
でも、そうならなかったことは本当に幸いでした。
私が考えるに、そうなる場合と、ならない場合の違いは、かりネコさんのコメントにもありますが、愛が通じているかどうかなのだと思います。最終的に人を支えてくれるのは愛なのだろうと…。
そしてそれは、一見崩壊しているように見えても、芯は壊れてはいなかったことの証だとおもいます。
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心が無い人形は、どんなに精巧でも、(もしも動けたとしても)人形でしかありません。
痛みも恐怖も葛藤も、罪悪感、善悪も無く、また幸福感や達成感、愛も勇気も希望もありません。
でも(当たり前ですが)人は人形じゃないですよね。
心があり感情があり、意志があり、考えることができる。
だからこそ悩み、時には絶望し、葛藤し、苦しみ、迷うこともあります。
でも愛することができ、希望も持つことができ、幸福感を得ることができ、善悪を知ることもできます。
人として生きていることは辛いことかもしれない。
でも人として生きることは幸福なことなのでしょう。
なぜなら愛を知ることができるからです。
意味不明でスミマセン。
私も思春期に同じような事を考え、実行しなかったことを良かったと
今では思っています。
救われる人と、
救われない人の違いは一体どこにあるのでしょう?
うちの娘のことを思い出します。
うちも救われた方です。
幸いです(^-^)
一瞬の光って奇跡的ですよね。
そこで人生が狂ってしまう人も多いと思います。
踏みとどまることができて本当に良かったです。
転げ落ちてしまう人も多いですが、 そうならなかった人との違いはどこにあるのでしょうね・・・
家の中でも決して居心地は良くなかったのに、 家族に救われたというのは、やはり愛がそこにあったのでしょうね!