「契約の龍」(137)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/12/22 23:24:56
「「金瞳」を封じる、とおっしゃるか?あなたが?」
夜もだいぶ遅い時間だというのに、寝室に持ち込み仕事をしていた国王は、訪問者に向かってそう訊ねた。
「…できるのか?そのような事が」
「完全に、という訳には参りますまいが、しばらくの間あなた様から「龍」へ流れ出している力を遮る事は出来ましょう」
夜分、大胆にも国王の寝室へ乗り込んだ女性は、まじめな顔でそう言った。
「それは、ありがたい、というべきなのだろうが…玉座にあるものが「金瞳」をつけていない、という訳にもいかないのでね」
「わたくしでは、そこまではできないかと存じます。わたくしが申し出ているのは、「金瞳」から「龍」へとつながる道を、ほんの少し狭める、という事でございます」
「ふむ…」
ベッドの上に渡された、大きなテーブル――しかも、かなり使い込まれている――に肘をつき、少し考えるポーズを見せる。
「…それで、何が変わると?」
「少しの間ですが、ご健康の回復が図れます」
「しかしな、その「道」は生まれてこの方、ずっと開きっぱなしだったのだぞ?」
「おそらくは、王族全体の数が減ったせいなのでしょうね。度重なる要求のせいで、壊れた水門のようになっております。このままでは、命が危のうございます」
「…そんなにひどい状態なのか?クリスティーナの見立てでは、あと数回は持ち堪えられる、とのことだったが?」
「心臓そのものの事だけを言えば、それは間違ってはいないかと存じます。…まあ、いくらか希望的観測が交えられているかと思いますが」
希望的観測、と聞いて国王が顔をしかめる。
「…やれやれ。次に誰かが前に現れたら「あと一日の命でございます」とでも言いだしかねないな。…その処置は難しいものなのか?」
「さほど難しいものではございませんが…わたくしがそれを為すには、陛下ご自身のご協力が必要です。…ご協力願えますでしょうか?」
「協力しなかった場合は、クリスティーナにやらせる、とか言い出しそうだしな」
「そんな事、言いませんわ。そうでなくても苛酷な仕事が控えているのに。幸いなことに、「クリス」はもう一人おりますもの」
もう一人、って……その一人は、ほんの数時間前まで、親子関係が未確定なんじゃなかったのか?そもそも、彼は金瞳を所持していない、とか言っていなかったか?
「相変わらず、容赦のかけらもない事を言うお方だ。心にもないくせに。…で、どんな協力が必要なのだ?」
「…そうですわね、まず陛下の「金瞳」を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
国王陛下が気前良く右の掌に「金瞳」を出して見せる。
「移動はできますの?」
国王が無言で左手を出し、その手の甲に「金瞳」を移動させる。間近で見るのは、多分初めてだが、こんなに瞬間的にできるものなのか。
「鮮やかなものですわね。王族の方々は皆これができますの?」
「知る限りで、できないのはクリスティーナだけだな。…ああ、先日生まれた、ジリアン大公の孫たちは、まだ小さくてわからんがな」
「…先日、生まれた?…知ってる?」
不意にこちらを向いて問いかけてくる。たぶん、質問の意図は、「クリスはこの事を知っているか」という意味だと思うので、妊娠中の母親と会った事があるので、存在自体は知っているはずだ、と答える。
「…でも、「金瞳」の事を知っているかどうか、は、わかりません」
「そういえば、クリスティーナが彼女の魔法使いと連絡が取りたい、と言っていたので、呼んであったのだが…会ったか?」
……そういえば。
「…会っていますね。冬至の、次の日に」
ならば、《ラピスラズリ》から、聞いているかもしれない。
「彼女の、魔法使い…?」
怪訝そうに訊ねるクラウディアに、大まかにジリアン大公とその魔法使いとの関係、そして彼らと関わった経緯について説明する。途中でクラウディアが一瞬、国王を睨みつけたのは、彼女の娘…ソフィアの事を連想したからだろう。
「…もう一度、何をしようとしているか、聞き出した方がよさそうだね。…それはともかく、こっちを片づけないとね」
こめかみを押さえてクラウディアが独り言のように呟き、国王に再び向き直る。
「申し訳ありませんが、「龍」から力を引き出せるかどうか、試していただけますか?大層苦手だ、とはお伺いしましたが」
「……ここ何年も、「龍」が応じた例がないのだがな。目的は力を引き出す事、自体ではないのだな?」
「解っているのでしたら、確認する事はございますまい」
国王が肩を竦めて、おもむろに胸の前で肩幅に開いた手を向い合せにする。呼吸を整えながら軽く目を瞑って手を近づけていく。球形の空間を包むように軽く曲げられた指先が近づいてゆく。不意に、ベッドの傍らに控えていたクラウディアが、国王の手を包みこむように両手をかざした。