Nicotto Town


〜晋さまのお召し替え記録〜


銀魂二次『ギプス・タイム』攘夷:桂+高杉→松陽


 高杉は疾走する。

 メタルのゴーグルで素顔を覆い隠し、二輪気動車に跨がって、先生を運んでいた。
 …松陽先生を。
 首の離れている軽い上下を背中に担ぎ、黙した侭で高杉は夜道を真っ直ぐに駆る。

 地中、肥溜めらしき桶に、手足を麻縄に縛られたまま無造作に放り込まれていた'それ'は、死後二日は経ち、そろそろ腐敗が始まろうとする矢先に、高杉は其処から強情に引っ張り出した。世から名も姿も永久に忘れられ捨て去られる無縁仏の格好で、唯一無二の恩師を葬りたくなかったからだ。まだ桂にも銀時にも告げてはいない。どうせ反対されると解っている。せめて死人は安らかにとでもほざくのだろう、が、あの最底辺の状態で放置されていた亡骸を見ても、果たしてそう言えるのか。言えるのだったら高杉は迷いなく同志面を辞め、二人を斬る事も厭わない、と心で頑なに誓う。此処からはもう、一人になっても構わない。その為に、あの有象無象の衆の兵隊を募ったのだから。
「先生は…俺が背負ってやる」
 子供の頃、先生に時々そうして貰ったように。
 今度は俺が、先生に笑い掛けて、手を差し伸べてやる番なのだと。

「高杉、まことか!」
 いの一番に土足面で軒下を潜り抜けて来た桂は、畳敷きの部屋で先生の供のように横たわる、高杉の眠り姿を呆然と見下ろした。高杉の隊に配属された三郎という新参者が、こっそりと教えてくれたのだ。遺骸から離れずに三日経つと。
 見れば、先生の異様な姿は、高杉の心情を察して余り有る。まるで眠っているようだ。処刑の日から考えても死人とは到底思えない、清楚で綺麗な姿を保って居らした。
「これは、どういう事だ高杉…」
 只、首の付け根にだけ包帯が、幾重にも固くきつく巻かれてある。胴に無理矢理、固定するかのように──そう丁度、其れはギプスのように。
「何もしてねェ。高杉さんは只、肥溜めの棺桶から出して来て、白湯で先生を全身洗ったって言ってる」
 配下の者の告げ口に違和感を覚え、眉を顰めて桂はそっと聞き直す。
「白湯? 水ではなく、か」
「カラダにイイだろ? 死んでも効果が有るかってのァ──俺は科学屋だから、否定するけどな」
 有るとすりゃ、黄泉がえりを願う高杉さんの念の力だろう。これも俺個人は否定派だけどな、と一言据え置いてから、三郎は「人ってのァ不可思議でならねえや」と悩めるように腕を組む。そうか、と渋々頷いてから桂は、布団の傍に膝を付いた。事象よりも大事なのは、友の安否の方だ。
「まったく、無茶をしおって」
 先生を諦め切れない気持ちは、桂にだって解る。堪えているのだ、銀時も。なのに高杉は迷わずに、たった一人で特攻しに行ってしまう。お前まで下手に捕まって、一人ぼっちで死んでしまったら…それこそ我等は、命を張って我等全員を護って下さった先生に、合わせる顔が無いというのに。目頭が熱くなってきて桂は、高杉の顔を軽く叩く。
「いい加減に起きろ、高杉。出立するぞ」
 その為に、この三郎のような、ありとあらゆる人材を片っ端から集めたのだろう?
 問い直すように、親が子供に言い聞かせるように…桂は上から掛け声を、そうっとまぶした。毛布を掛けてやるような角度でだ。

「───共に、やって呉れるのか?」
 暫くして高杉は口を開き、目を開ける。否、最初から起きていた眼だ。試したのか、と桂は肩を落とす。全く食えない奴だ、昔から。
「皆、その意気だ。銀時は既に、子供の頃の真剣も持って、二刀流に成ったぞ」
 そうか、と乾いた口唇が発する…高杉の声音は、打ち震えていた。当たり前だと桂が諭す。高杉は俯くとゆっくり肘を突き、枕元の死人の顔に、淡い蔭を落とした。
 先生、とやや嗄れた声で高杉は囁き掛け、次いで両の掌で先生の頬を包み込んで「行ってきます」と笑う。桂も正座で復唱した後「弟子達の不出来をお許し下さい」と頭を下げて付け加え、そうして高杉の肩を強くきつく、抱き起こした。
「共に果たそう。いいな、高杉」
「ああ」
 普段、啀み合い喧嘩ばかりして来た弟子の二人が今、三郎の前で肩を抱き合う。

 羨ましいぜ、と三郎は讃えた。犬猿の仲たる同士が手を結ぶこの事象は、肯定的らしかった。きっといけるぞ、と桂は、励ましを決意に変える。高杉は深く頷く。
 漸く日が差し込める。先生のお顔も、今初めて本当に笑って下さったような気がした。




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