「契約の龍」(142)
- カテゴリ:自作小説
- 2010/01/12 02:15:34
「朝まで傍に居てくれるなら、いい」
お許しが出たので、ベッドに深く座り直し、クリスを少し強く引き寄せて、膝の間に座らせる。後ろから体を引き寄せ、こちらに凭せ掛ける。背中のボタンを上から三つほどはずし、胸元を寛げる。
「クリス」
頤に手をかけて顔をこちらに向かせ、そっと口づける。意識をほんの少し指先に振り向けて、「探索の手」を延ばす。…クリスの「金瞳」の方へ。
クリス自身は接触できない、と言っているが、状況が特殊だったとはいえ、一度は接触できているのだから、「通路」が閉ざされている、という訳ではないのだろう。
…だが、その「手」は「遮蔽」に弾かれた。…まあ、そういう役割のものなんだが。
さて、どうしよう。
意識の半分でクリスの唇を、もう半分で「金瞳」の奥へ潜る手立てを探る。頭の中で呪陣を解除、あるいは無効化する方法を一通りさらってみる。
クリスが誘うように舌を絡めてくる。おずおずと。
その舌に応えるとクリスが体を預けてくる。
唇を離すとクリスがいたずらっぽく笑う。
「慣れない事を二つ同時にやろう、というのは、無謀だと思う。殊に、精神の集中が必要な事は」
どうして気付かれたんだろう?キスに没頭しているように見えたのに。
「…何の事だ?」
「さっきから、この辺で、魔法の気配がする。「龍」の、だったら、前兆があるから、判る」
そう言いながら鎖骨の下を手のひらで示す。
「それで、アレクでもなかったら、誰だろうね?」
「…クリスの気のせい、というのは?」
クリスが自分の胸に置いた手を少し下にずらした。しばらくして、軽い衝撃が来た。…自分の「内側」に。
衿元に指を突っ込んで、首に掛けたひもを引きずりだしながら、クリスが少し棘を含んだ声で言う。
「…自分の施した呪符にちょっかいを出されて、気がつかないと思う?」
ひもの先にぶら下がっているのは、俺がクリスに贈った護符で、ひもを通す穴――護符の効力に関わらない部分――がわずかに欠けている。
ごもっとも。
「悪かった。…その、忘れてたんだ。そういう事」
「…まあ、魔力の干渉に対する感受性は、人によって違いがあるそうだから、それを期待したのかもしれないけど」
「そんな事は…」
「アレクのしたいようにしていい、って言ったのは私だから、…アレクが「金瞳」をどうかしたいのなら、それも構わないんだけど…ちゃんと言って?キスでごまかしたりしないで」
「ごまかす、だなんて…」
今なら気付かれないんじゃないかと期待していた事は否めないが。…ちょっとうかつだったか。
「…で、「金瞳」に何がしたいの?」
何が、と問われると、具体的にはどうかしたい、という訳でもなかったのだが…
「うーん…強いて挙げれば…前に通ったはずの、「金瞳」がどうなっているのか、確認したい、かな」
「…ああ、それは私も気になっていた。どうしてあの時だけ、「龍」が反応したのか」
「それは…クレメンス大公の傍だったから、じゃないのか?」
「…実は、あのあと三回ほどあの部屋へ入ってみたんだけど…反応は無かったんだ。どの時も。それに、私がクレメンス大公に近付いたのが原因なら、あの後すぐ…アレクが窓を破りに上った時に、反応があったはずだと思う」
そう言われてみれば、そうだった。だが、あの時はひどくクリスが抵抗した後だから、「龍」の方が懲りていたのかもしれない。…そしてそれ以降も。
…って、三回試したって?いつの間に?
「…まあ、「龍」が気まぐれを起こしただけ、かもしれないけど。……で、あの時のルートを探りたいけど、…「遮蔽」が邪魔だ、と」
しゃべっている間に、クリスの目付きが険しくなってきた。
「…クリス。目付きが険悪だ。…それでも一緒に居たい、というのか?」
はぐらかすつもりはないが、クリスの、傍に居てほしい、という言葉がどの程度のものか、知りたい。
「………アレクはどうなの?…好きにしていい、とは言った。でも、私がそれを甘受するとは限らない、としたら?」
質問返しされた。
「クリスが嫌がるなら、今はやめておく。…機会は後でいくらでもあるんだし」
不意に、クリスがもがいて腕の中から逃れる。
「…じゃあ、これを落としてくる。多少時間がかかるけど、戻るまでここにいるように」
怒気を孕んだ声でそう言ったかと思うと、背中を向けて、部屋を出て行こうとする。
「待った。多少、ってどれくらいだ?」
「さあ?意図的に落とすのは、試した事がないから、判らない」
「だったら、落とさなくていいから。戻っといで」
「アレクは「金瞳」が探りたいんでしょ?…意識の無い状態で探られるくらいな…」
「それは、ついでだから」
クリスの言葉を遮り、ベッドから降りて迎えに行く。気に障ったのはそこだったか。