氷の溶けきったグラスの底に
沈んだ昨日の残り香を
指先でなぞる。都会(まち)は
誰かの涙を飲み干しては
ネオンの飛沫を撒き散らす。背中の傷が疼くのは
過ぎ去った季節のせいではない。
ただ、遠ざかる背中を
見送る術を知らなかっただけだ。悲しみは
雨に洗われたアスファルトのように
鈍く、静かに
朝の光を...
氷の溶けきったグラスの底に
沈んだ昨日の残り香を
指先でなぞる。都会(まち)は
誰かの涙を飲み干しては
ネオンの飛沫を撒き散らす。背中の傷が疼くのは
過ぎ去った季節のせいではない。
ただ、遠ざかる背中を
見送る術を知らなかっただけだ。悲しみは
雨に洗われたアスファルトのように
鈍く、静かに
朝の光を...
酒場の窓は、青い夜の顎(あぎと)
泥にまみれた雨が、しんしんと降つてゐる。
僕のトレンチコートは、昨日よりまた少し
孤独な匂いを濃くしたやうだ。グラスの氷が奏でる、安っぽいチャイム、
誰を待つのでもない、ただ座ってゐる。
ネオンのサインは、壊れたフィルムのやうに
君の思い出を点滅させては、消す。愛だ...
煙突から吐き出された灰色の煙が、
冬の鉛色の空に溶けていく。
あいつの最後のエールだ。
案外、さっぱりしたもんだ。待合室の自動販売機、
冷たいコーヒーの缶を握りしめる。
熱いのは炉の中だけで十分だ。焼却炉(ハコ)の中の熱気は、
あいつの背負っていた因縁も、
俺の薄汚れた過去も、
1200度の炎で、白...
夜明けの空に、涙壺を投げた_
粉々に砕け散れ。
砂粒になった悲しみは、街を濡らす雨になる。俺はトレンチコートの襟を立て、
バーボンの香りを残して、
また、次の街へ歩き出す。涙なんて、飲んでしまえば、
ただの塩辛い水だ_
埃をかぶった棚の隅。
1600年代、有田の泪壺。
ひび割れた表面に、誰かの悲しみが溜まっている。店主は、「いい涙が入ってますぜ」と言った。
俺は二つ、手に取った。
一つは昨日のため。
もう一つは、まだ見ぬ明日、お前と別れる時のため。会計は、俺の孤独で支払う。
お釣りは、結構だ_