最後の一夜、崩落の前夜
- カテゴリ: 人生
- 2026/03/04 23:10:22
昭和が終わる。
テレビの中では、誰かが崩御のニュースを繰り返していた。
だが、この赤レンガの檻に流れる時間は、
ひび割れた壁から漏れ出す、冷たい風の音だけだ。あいつは、いつも高い窓から
遠くて瞬く湾岸のクレーンを眺めていた。
「明日になれば、ここも砂利の山だ」
火をつけた安煙草の煙が、闇を白く汚して...
昭和が終わる。
テレビの中では、誰かが崩御のニュースを繰り返していた。
だが、この赤レンガの檻に流れる時間は、
ひび割れた壁から漏れ出す、冷たい風の音だけだ。あいつは、いつも高い窓から
遠くて瞬く湾岸のクレーンを眺めていた。
「明日になれば、ここも砂利の山だ」
火をつけた安煙草の煙が、闇を白く汚して...
昭和六十三年。冬の湿った風が、
ひび割れた赤レンガの隙間を吹き抜ける。
あいつはいつも、高い窓から地上げ屋の黒い車
を眺めていた。「あの光に、俺たちの居場所はない」
あいつの呟きは、遠くで鳴る工事の音に掻き消された。
窓の外には、建設途中の高層ビルの群れ。
明日を急ぐクレーンの腕が、
時代遅れのこの...
深い霧に包まれた巨大なダムの堤頂。そこには、湿った夜気と静寂だけが支配する世界がある。コンクリートの巨大な壁は、まるで過去の記憶をすべて遮断するかのように立ちはだかっている。
午前三時。ダムの縁に一人の男が立っている。
視界を奪うほどの濃霧は、まるで銀色の幕。
男が指に挟んだ煙草の火だけが、この灰...
街の喧騒が 遠くへ退いていく_
お前が守った この静寂(しじま)の中で
俺は まだ終わらない夜を生きている
武器なんて 端(はな)から持っていなかったな
お前の拳は 誰かを傷つけるためじゃなく
ただ 大切なものを抱えるためにあった
万年筆のインクは 涙よりも黒く
お前の名前を 夜の底に刻み込む
「さ...
カウンターの隅、氷が溶けてカチリと鳴った。
男は、自分のものではない琥珀色のグラスを見つめていた。向かいの席は空だそこには一冊の、手垢で汚れた古い詩集だけが置かれている。
「あいつは、最後までこれを手放さなかった」
マスターが、手慣れた手つきでグラスを拭きながら言った。
男は応えない。ポケット...