20年、氷はとっくに溶けきり
グラスの底には澱だけが残った
俺を忘れるには十分な時間だろう
だが、記憶というやつは
湿気ったマッチのように
肝心なときに火がつかないものだあの日、俺が捨てたのは
古ぼけたコートと、お前の名前
そして自分という名のガラクタだった
どこへ行ったか、だと?
風に訊けと言いた...
20年、氷はとっくに溶けきり
グラスの底には澱だけが残った
俺を忘れるには十分な時間だろう
だが、記憶というやつは
湿気ったマッチのように
肝心なときに火がつかないものだあの日、俺が捨てたのは
古ぼけたコートと、お前の名前
そして自分という名のガラクタだった
どこへ行ったか、だと?
風に訊けと言いた...
煙は空に消えた。だが、俺の足元のアスファルトはまだ熱を持っている。
勘定を済ませるのは、まだ先の話だ。敵の呪いも、友の遺言も、家族の温もりも、
すべてを重厚な裏地にして、俺は新しいコートを羽織る。
この街で生き抜くための、さらにタフで、さらにエレガントな一着を。「死」なんてものは、人生の最後の一秒に...
炉の唸りは、すべてを等しく飲み込んでいく。
かつて喉元に刃を突きつけ合った仇敵(かたき)も、
背中を預け、冷えたコーヒーを分かち合った友も、
今は同じ、無言の沈黙だ。経済という名の戦場、鉄火場で弾き出した。打算の数字
そのために捨てた家族の約束。
守れなかった寝顔と、奪い取った椅子の重み。
結局、人...
重い鉄扉が、この世のしがらみを噛み切る。
ゴロゴロと、魂の抜け殻がレールの上で運ばれていく。
そこに感情はない。ただの物理的な移動だ。俺はコートの襟を立て、火をつけ損ねた煙草を弄ぶ。
ここは死を悼む場所じゃない。
未練を、摂氏千度の熱で無機質な「灰」という事実へ書き換えるための工場だ。点火のスイッチ...
路地裏のバー、氷の溶ける音だけが
唯一のまともな会話だった
カウンターの隅、琥珀色の液体の隣に
場違いな小さな壺が、街の灯を拒んでいる「それはなんですか?」
バーテンダーの問いに、俺は火を点けた
安物の煙草の煙が、記憶の輪郭をぼかす
「涙壺(ラクリマトリ)さ。古代の連中が、悲しみを貯めたっていう」俺...