自作小説倶楽部4月投稿
- カテゴリ: 自作小説
- 2025/04/30 23:32:07
『彼の微笑み』
「ツネ婆さんが亡くなったなら。明日帰るよ」「どこに?」彼の言葉に間抜けにも私はそう応じてしまった。「故郷に帰る」に決まっている。しかしツネ婆さんが住んでいた田舎が私の故郷かというと、そうではない。「婆さん」と呼んでいるが彼女は私の大伯母あたりの親戚らしい。私とツネ婆さんの正確な関係は...
『彼の微笑み』
「ツネ婆さんが亡くなったなら。明日帰るよ」「どこに?」彼の言葉に間抜けにも私はそう応じてしまった。「故郷に帰る」に決まっている。しかしツネ婆さんが住んでいた田舎が私の故郷かというと、そうではない。「婆さん」と呼んでいるが彼女は私の大伯母あたりの親戚らしい。私とツネ婆さんの正確な関係は...
『理想的な依頼人』
夫人は優雅な仕草で紅茶を入れ、俺の前にカップとソーサーを置いた。「ハンネならもっと美味しい紅茶が入れられるのだけど、今は私ので我慢してくださいね」インスタントコーヒー派で紅茶の味なんてわかりません。と言おうかと思ってやめる、誠実な営業活動にふざけた態度は不要だ。代わりに突然の訪問...
『合わせ鏡』
貴男に、話しておかなくてはならないことがあるの。と彼女は突然言った。彼女の用意した夕食に満足し、彼女の美しい容姿と動きに魅了されてテーブルを離れがたくなっていた時だった。僕はテーブルに肘を立て、美しい曲線を描くあごの下で彼女の両手が合わさり、指が交差するのに見とれていたから、一瞬戸惑っ...
『問題作』
「おい、あんたがビショップだな」棘のある声で私の作業は中断された。手を止めるとゴーグルと耐火服ごしでも炉の炎が眩しく、一層熱く感じられた。後始末とはいえ最も地味で苦手な過程だ。さっさと闖入者を追いだして仕事を終わらせるべく振り返る。神経質そうな痩せた男が立っていた。炎を反射して光る眼鏡の...
『まぼろし怪盗』
ガタン、ガタン…走る列車の定期的な振動に合わせて中吊り広告が揺れるのを私は見つめていた。夢見るような少女がそこに描かれている。「世紀の微笑」という文字が彼女の顔を隠そうとするように唇の下にあった。美術館で大きな展覧会があるのだ。その美術館には何度も足を運んだことがある...