左回りのリトル(1)
- カテゴリ: 自作小説
- 2025/05/12 19:32:23
テーブルを囲んで時計回りに自己紹介をした。僕が「野宮柾です」と軽く会釈をして終わる筈だった。熱くなった鉄板にお好み焼きのタネがじゅうっと大きな音を立てた時、向かいの席の彼女が僕に「あの、」と小声で言った。
「こちらは?」
「え?」
彼女の視線の先は僕の隣の空間だった。壁いっぱいの長いソファ、壁に...
テーブルを囲んで時計回りに自己紹介をした。僕が「野宮柾です」と軽く会釈をして終わる筈だった。熱くなった鉄板にお好み焼きのタネがじゅうっと大きな音を立てた時、向かいの席の彼女が僕に「あの、」と小声で言った。
「こちらは?」
「え?」
彼女の視線の先は僕の隣の空間だった。壁いっぱいの長いソファ、壁に...
君の手が楽しげに林檎の皮を剥いていた。くるくると回る林檎から細長く繋がって、皮の先端は床に届こうとしている。螺旋の間に見える赤が下の方に移動しつつ、息を止めてゆく。僕は腕を伸ばして、林檎の皮の先を掴むと引っ張った。
「あ、」
細長い皮は林檎から離れて落ちた。
「せっかくここまで繋がっていたのに」...
広場に立つ市に集まった人々は夏祭りの鮮やかな色彩を身に纏っていた。人波を縫ってゆくと、プラスティックの破片が混ざり擦れ合うような軽い音の幻聴がある。熱を持ったカレイドスコープの中に落ちたようで眩暈がした。
フルーツの香りに呼び止められた老婆を追い越して、私は露店の間を早足で歩いた。屋台の食べ物や...
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