あんたに話したいことがあるの、と佐知子がいった。
なんだ、と僕はいった。
「あんたがどう思ってもいいわ。本当は静雄は明日、この部屋をでるつもりだったのよ。それを今夜、あんたにいうつもりだったの」
「静雄がでて行くのはあいつの勝手だよ」
「聞いて。海できめたの」
「話さな...
愛と平和を
あんたに話したいことがあるの、と佐知子がいった。
なんだ、と僕はいった。
「あんたがどう思ってもいいわ。本当は静雄は明日、この部屋をでるつもりだったのよ。それを今夜、あんたにいうつもりだったの」
「静雄がでて行くのはあいつの勝手だよ」
「聞いて。海できめたの」
「話さな...
ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。
長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。
運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。
今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のため...
願望の文型の解説をしているときだが、ふと思いついた。
私は訊ねた、「みなさんは、来世何に生まれ変わりたいですか?」
むろん、本来初級語彙ではありえない「来世」ならびに「生まれ変わります」を導入する必要はあったが、ほぼ全員が同様の返答をしたのには驚きを禁じ得なかった。
いわく、「母の...
彼は収容所に入ってまもないころ、天と契約を結んだ。
つまり、自分が苦しみ、死ぬなら、代わりに愛する人間には苦しみに満ちた死をまぬがれさせてほしい、と願ったのだ。
この男にとって、苦しむことも死ぬことも意味のないものではなく、犠牲としてのこよなく深い意味に満たされていた。
彼は意味も...
「あの木が、ひとりぼっちのわたしの、たったひとりのお友だちなんです」
彼女はそう言って、病棟の窓を指さした。
外ではマロニエの木が、いままさに花の盛りを迎えていた。
板敷きの病床の高さにかがむと、病棟の小さな窓からは、花房をふたつつけた緑の枝が見えた。
「あの木とよくおしゃべ...