ナポリのスパゲッティ
- 2024/03/10 11:28:18
2階で床を叩くような小さい音が聞こえている。
たたたたたたた、、
音が止んだ、と思ったら、また。
たたた、、たた、、
あ、思い当たるのは、ねずみ。
2階ではなくて、おれの住む1階の天井と2階の床の間にねずみが住んでるっぽいんだよな。。
そんなこと考えながら、またパソコンに向かって文章を書く。
おれは最近、ニコッとタウンという仮想世界を楽しめるサイトに小説を書くのが趣味なのだ。
お、何か、おれがこないだ書いた小説にたった今コメントがついたようだ。
書いた小説のタイトルは「ナポリのスパゲッティ」というもので、連載ものの恋愛小説だ。
コメントを見ると、
「この主人公の女の子、私にそっくりです。ほとんど同じ経験をしたことがあります。」
とある。。
そのストーリーは、イタリアを一人旅している日本人の女の子がナポリで強盗に合いそうになり、それを助けてくれた男の子と恋に落ちるというものだ。
しかし、この小説のフックとなる要素は、その女の子は特殊な能力を使えるということだ。
女の子は人の心の中が読める。
目を見つめると、その相手の考えてることも感じてることも思ってることも全てがクリアーに見えてしまうのだ。
そして、その能力があるからこそ、その女の子はその男の子と恋に落ちて、ストーリーが動いていくのだ。
つまり、このコメントを書いてくれた女性もその主人公と同じ能力があるということなのだろうか?
試しに、コメント欄で聞いてみた。
「さゆりさん(*その女性の実際のニコッとの名前をここには載せれないので、仮に「さゆりさん」としておく。)も、この主人公の女の子同様に人の心が読めるのですか?」
すると、それから数分後、ニコッとのおれの家のチャイムがなった。
さゆりさんが来たのだ。
さゆりさんは、急に訪れたことを詫びると、おれが書いた小説について話し始めた。
彼女は本当に人の心を読めるらしく、そして、その小説と瓜二つの経験をしたことも事実だと言う。
おれは試しにナポリについての質問をいくつかしてみた。
おれは実際にナポリを旅したことがあるので、もし、彼女が嘘をついているなら、答えられないだろう。と少し意地悪に思ったのだ。
しかし、彼女はおれの質問に全て答えて、さらにおれの知らないようなナポリのことまでを話した。
彼女は本当に実際にナポリに数ヶ月住んでいたのだ。
その恋人と一緒に。
それから、おれは本当に人の心が読めるのですか?と聞いてみた。
すると、彼女はおれが最近悩んでいること(仕事での悩み、健康のこと、そして、昔の恋人とのことまで)を細かく全て言い当てた。
全て、人に見せない日記に書いてあるようなことばかりだ。
最近ではオンラインでも会話しているだけでもわかるようになってしまったそうだ。
小説の中では、最後にその男の子とは別れてしまう。
人の心を読みすぎると、「自分」と「相手」の境界線が曖昧になっていく。
彼女は、それほどまでに深くその男の子を愛し、最後には自分がその男の子だと勘違いするほどだった。
そしてある時、彼女は倒れ、病院に運ばれる。
彼女の心臓の鼓動が弱まり、死へと向かっていた。
彼女はあまりに男の子に同化しすぎて自分を失いかけていたのだ。
彼女はまだ若く、その能力を使う上で必要な明確なラインを引くことを知らなかったのだ。
彼女は一命を取り留めるが、男の子は彼女のためを思って、離れていく。
そこで物語は終わる。
おれは、さゆりさんに尋ねた。
「それからどうなったのですか?」
さゆりさんはその後、日本へ帰り、そして今はもうすっかり健康になって、夫と幼い息子がいて、横浜で静かに暮らしているそうだ。
もちろん、彼女はナポリでの経験から「自分と相手の間にしっかりラインを引くこと」を学んだらしい。
彼女は、おれに感謝していると言う。
「まるでキラキラと輝くナポリの海をまた見てるみたいで。」
そう言いながら、彼女はパソコン画面の向こうで泣いていた。
おれに礼を言うと、さゆりさんはおれの部屋から出て行った。
一つ気がかりなのは、彼女の本名を聞かなかったことだ。
小説の主人公の女の子の名前は、藤見きこ。
もしかしたら、彼女は本当にきこだったのではないだろうか?
つまり、おれは自分が書いた小説の主人公にエピローグを教えてもらったのではないだろうか?
そう思っていると、また、
たたたたたたた、、
天井から音が聞こえた。
今日はいい天気だ。
境界線があるからこそ、ぬくもりを感じられるしその内面まで理解したいと願う。
理解できなくてもよりそいたいと思う心こそ尊いのかなと。