小さな幸せ、大きな幸せ
- 2025/05/01 23:08:07
ボチャン!
「あら、やだ、大切なものを落としてしまったわ!
どうしましょう?困ったわ、困ったわ。」
森の中の静かな湖畔で、花摘みから帰ろうとしたロゼッタは
途方に暮れてしまい、しくしく涙をこぼしていました。
湖面に涙の粒がひとつ・・かすかな波紋を作りました。
すると、どうでしょう?
不思議なことに湖の真ん中がゆらゆらとさざめいたと思うと
見たこともないペイルブルーの衣装に身を包んだ美しい女性が現れました。
「これはこれは、困ったご様子・・なぜ泣いているの?」
それは湖の精でした。
「わたし、今この湖に大切なものを落としてしまったのです。」
すると、湖の精は優しい笑みを浮かべて言いました。
「分かりました。私が取って来てあげましょう」
そう言った後、スッと姿を消したと思うと、しばらくしてまた現れました。
「ロゼッタ・・あなたが落としたのは、こちらの【小さな幸せ】かしら?
それとも?こちらの【大きな幸せ】かしら?・・どっち?」
どちらか一方を指さそうとしたロゼッタは、考え込みました・・・。
(ちがう・・でもこのお話、どこかで聞いたことがある・・
落としたものを偽って答えたら、すぐ見抜かれて自分の落としたものも
含め全部持っていかれちゃうんだったわ。
・・ここは、正直に話すなら・・
いま湖の精さんが持ってる【小さな幸せ】も【大きな幸せ】も
全部手に入れられるはず!そうよ、ここは嘘をついちゃダメなとこよ!)
「あ、あの!ちがいます。私が落としたのは手のひらサイズの小さなナイフです。
いつもは蔦を切る用にバスケットに入れてあるものです。
でも・・今日は・・その・・ロベルトがいきなり跳びかかってきたものだから
・・男の人の力ってすごく強いでしょ?・・・護身用にもって、持ってたから
つい、抵抗してたら、その・・あたり所悪くって・・だから、ここで手を洗ってて
そしたら・・ボチャンと・・」
湖の精は、ほんの少し表情を曇らせると淡々と静かに言いました。
「その落し物は、ロベルトの横たわったブナの木の傍に、私が運んでおきました。
帰りが遅いのを案じた彼の村の人々が、そろそろ見つけ出す頃合いでしょう。」
「ええーッ!どうしてそんなところに置くんですか!私に返してくれるのでは??
お話しでは、そこの【小さな幸せ】も【大きな幸せ】も!一緒に私に下さるのでは
ないのですか?あなたは湖の精なのでしょう?どうしてそんな・・?」
「ロゼッタ・・」
「?」
「私は湖の精ではありません、あなた方の呼び名で言うならテミス。
『法と正義』を司る女神です・・。
あなたは正直に言いました。私も試すような振る舞いはやめましょう。
あなたがここで落としたのは【小さな幸せ】も【大きな幸せ】も・・二つともです。
さあ、法の裁きを受けなさい。もうすぐ村の方たちがやって来ますよ。」
小刻みに震える両肩を抱きしめるように、膝を落としたロゼッタは、おそるおそる
湖の精、もとい、女神テミスの顔を見上げた。彼女の胸元には法の番人をあらわす
「剣と天秤」を模った装飾が、金で小さく施されていた。
おわり
そう言っていただけると、とてもうれしいです☆