酒場の怪
- 2025/05/08 07:38:41
ここは異国、少し過去の時代。
大勢の客でごった返す安酒場。初めて出会った数人の男女が、わいわい
がやがや、たむろする一角。一人の男がとんでもないこと言い出す
もんだから、かんかんがくがくの大騒ぎとなっていた。
「あははは、そりゃあ、不老不死の薬なんてあればいいだろうさ!」
「私も欲しいわぁ、ずっと永遠の若さを手に入れられるんでしょう?」
「あんた、そんな研究してるのかい?イカレテルねぇ~」
「まじかよ!ホントにあるんなら俺にも売らせてくれ!金ははずむぜ?」
皆が注目する先に居たのは、古風な服を着た、長髪に無精ひげの痩せた男だった。
「いや、まだ成功してるってわけじゃないんですよ。
ただ、もう少しのところまで来てるってハナシでして…」
男は照れ臭そうに、ぼそぼそと語った。
「あんた、学者さんかい?まあ、船着き場の荷運びにゃ見えないねぇ~
その細腕じゃあフォークかペンくらいがぴったりって感じだしな。
…ん?あれ?…その右手の真ん中、傷跡かい?」
「あらあら、私に見せて?・・まあ、ほんとだ。」
「あー、ちょい昔にやらかしちゃいましてね?左手にもあるんですよ。ほら」
「まあ!痛くないの?だいじょうぶ?」
「ええ、もうだいぶ前のことでして、ハハ…もうすっかり。」
「ならよー、不老不死の薬についてもっと教えてくれよ。一体全体どうやったら
不老不死なんて出来るんだ?」
「うんうん、私も聞きたぁ~い♫ どうやってやるの?」
「じゃあ…細胞死って知ってます?」
「なんだいそりゃあ?理科の授業でも始めようってのか? よしてくれや。」
「いやいや(汗)まあ、簡単に言うと皮膚とか、内臓とか、勝手に痛んじゃうんですよ。
放っておけば長い年数経つとね。それはもう決められてて、その通りに進んでるのが
人間なんですよ。その決められた部分を改変してやれば、時間がたっても
痛まない体が出来上がるってことです。」
「おお!知ってるぜ、そりゃあ遺伝子ってやつだろ?な?学者さんよ。」
「お!さすがおめえ、学があるじゃねえか、アハハハ」
「そうですそうです、大まかに言えばそういう事です。その情報を書き換えてやることで
痛まない細胞、即ち老化しない細胞にずっと置き換え続けることが出来れば、
年取らないんですよ。」
「へぇ~、なら早いとこやってくれや、書き換えってやつをさ。」
「それが、科学じゃ簡単にできないんですよ。それで苦労してるワケで…」
「わはは、そりゃそうだ!」
話題はもう二転三転し、流行やら政治やら猥談やら噂話やらに飛び火して、宴は終焉となった。
石畳の街灯のもと、男とそこで知り合った女は、帰り道その余韻を楽しんでいた。
「ねえ、学者さん、あのお薬って~、好きな女のために作ってんじゃないのw」
女はからかうような甘い視線を向けながら言った。
「アハハ、今日は楽しかったですね。久しぶりにお腹の底から笑いました。」
「ああー、話そらしてる~、私酔ってるって思ってるでしょう?いけないよ、誘惑しちゃぁ。
いくら魅力的でも、女性をちゃ~んと安全に送るのは紳士の礼儀なんだからねー!」
「大丈夫ですよ、そういう事しないタチでしてね。ちゃんと本にも書いたし…」
「ウソ? 学者せんせ、あんた本も出してるの?すごーい。」
「あ、いやぁ~僕が書いたわけじゃなくて…その…弟子が書いたっていうか…
まあ、僕の言ったことを…」
男はまた、照れ臭そうに髪を掻いた。
「あんた、すごいじゃない!弟子がいて、代わりに本出すなんて!
…ひょっとして大物? メチャメチャ有名な学者なんじゃないの?」
「まあ…有名?っていうか、それなりに…かも?ですねぇ…。」
「ええー!まじ?だれだれだれ? あたしでも知ってるぅ?」
「まあまあ、その話はよしましょう。結構間違ったことも書いてるし、
学者が本業でもないんですよ、お恥ずかしい。あはは…」
「ふーん…あやしい~♪」
夜風が心地よく、女は少し落ち着いた口調で切り出した。
「ねえ、あんたの手の傷跡、だいぶ大怪我だったんじゃない?
もし嫌じゃなかったら、聞かせてよ?そのお話し♪」
「ああ、これね。昔けっこうヤンチャしてましてね。地域の王だったヤツに
磔にされちゃったんですよ。 ほら、両足首にも痕があるでしょ?
まあ、若気の至りっていうか、勢いあったんだな、あの頃は。
でもまあ、こうして復活してるし、なんでだよ?って………だから、研究をね…。」
男はまた、照れ臭そうに笑った。
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そこそこ、有名人ですよね^^