アンスロポファガ グリリ
- 2025/08/17 15:40:15
「あの子すごいな‥また男達に囲まれてる。」
「まあ、何処にでもいるさ、ああいうタイプはね。女王様気分がお気に入りなんだろう。」
「初めてクラブ来たときはそんなでも無かったんだぜ?」
「そうなのか?」
「ああ、割と大人しめな、どっちかって言うと、地味なタイプの女の子だったなぁ。」
「地味ーッ??あの子がかッ?」
大音響で流れるクラブミュージックの振動で頭蓋骨を震わされながら、揺れる人影の向こう側にいる彼女を
オレは改めて見なおした。南国のトロピカルフルーツのようなきらびやかな彼女が、180度逆の過去を
持ってたなんて、にわかには信じ難かった。
「女は、ひと夏で変わるんだよ。」
「伊達男の経験則ってヤツか?」
「だって、そーだろ?見ろよあの笑顔‥とろけそうに魅力的な笑顔だが、それぞれの男達に目配せは怠らない。
さながら、ここにいる男どもは全部私のものよ!って催眠術かけてるみたいだぜ?」
「でも、そこまで急に変わるのって‥何かきっかけみたいなのあったんじゃないのか?」
「そうだな‥俺の知ってる範囲じゃ、ホストみたいなチャラ男と一緒にいた‥あの後かなぁ?」
「‥チャラ男?」
「ああ、たくさん女侍らしてさ、そん時の一人があの子だったかな。」
「へぇ‥そいつの影響?‥なら、そいつと付き合い始めてからとか?」
「ああ、あのチャラ男は死んだよ。」
「え?」
「結構、噂になってたぜ?なんか、おたのしみの最中に急死、とかな。」
「じゃあ、そのときの相手が‥彼女‥?」
「そこまでは知らねーよ。知ってんのは噂の範疇だけさ。知りたくもねーし。」
「‥まあ‥そうだよな。」
オレはまた彼女を見た。ミラーボールに照らし出された、闇に浮かぶ万華鏡世界の中で
彼女は踊るように、甘いドルチェのような笑顔を振りまいていた。
「じゃあな!」
オレは自称伊達男の友人と別れて、そのクラブを後にした。少し歩くとふいに呼び止められた。
「ちょっと‥すみませんが‥」
この暑い夜に、背広姿の中年の男だった。
「なんですか?」
「ちょっと、お話を伺ってもいいですかね?」
そう言うと、男は手帳の身分証を見せた。
「警察!?な、なんですか、オレに。」
「いや、ちょっと須同沙耶さんについてお聞きしたいと思いましてねえ。」
「すどうさや?だれ?」
「あー、あなたがずっと見つめてた女性ですよ。」
「え?ちょっと‥」
「まあまあ、喫茶店にでも入りますか?ここじゃ何だし‥」
ほぼ強引に店に連れて入らされたが、何の身に覚えもない見てただけの女のことなんてオレは‥。
「彼女‥須同沙耶さんですが、いつ頃からクラブに出入りを?」
「オレ、あんまり知りませんよ。友達の話からすると1年くらい前とかだったみたいだけど‥」
「彼女のお付き合いしてた男性の変死事件はご存じで?」
「え?チャラ男?‥変死って‥心臓麻痺かなんかで急死したんじゃなかったんですか?」
「まあ、病理的には心臓麻痺‥としか書きようがないんですが‥
‥多少‥通常ではない所見も見られましてねぇ‥
法医学的にだけじゃなく、いろんな検査をすることになったんですよ‥。」
「‥‥。」
「まあまあ、それは内々のことでして、ご内密に。」
「‥兎に角、彼女のことは知り合いでも何でもないしッ、オレ関係ありませんッ!」
「いやいや、すみません、あなたを疑ってるとかそう言うんじゃないんですよ。
あくまで、距離をおいたクラブ出入り客の調査、くらいの位置づけで思って頂いて結構です。
まあ、‥そうですね、少しご理解のためお話ししますが‥『バッタカビ』ってご存じですか?」
「はあ?‥ 何すかそれ?」
「あはは、ご存じ無いのも無理ないです。昆虫のバッタに寄生するカビの一種ですよ。このカビに寄生されると
バッタは高い所へ高い所へ、って脳に指令出されちゃうんですよ。そしてその場所でじっと待つ。自分の死をね‥
なぜ高い所へって、わかります?バッタの遺骸から胞子が出て拡散しやすくするためですよ。」
「‥いや、その‥なんでその『バッタカビ』の話が出てくるんすか?」
「変死した男性の体液から、胞子に似た変種ウイルスが多量に検出されたんですよ‥。
このウイルスは性的な接触以外感染しませんが、数年でヒトを死に至らしめます。そして、
最大限自分を拡散させるために宿主に指令を下すんです。人間の場合はさしずめ‥性的魅力が極限まで高められる。」
「‥ええ?それじゃ‥」
「どうぞ、気を付けて下さい、あなたも見たでしょう?
私達はバッタカビの学名エントモファガ・グリリにちなんでアンスロポファガ グリリと呼んでいます。」
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