嫌う自由
- 2026/05/23 22:48:03
「人を嫌うという事は、嫌われる覚悟があるっていうことだろ。」
‥これは最近わたしがなげかけられた言葉だ。
ほんとうに‥反論のしようも無いくらい潔い言葉だ。
もちろん嫌われたくない、っていうのは誰しも人として当たり前の感情。
でも?現実にはなかなかそうはいかない。
たとえ自分がふつうに自然体で生きてたとしても、そりの合わない人って
いうのは必ず何処かで出てくるものだ。
これはわたしの、個人的な考えかも知れないけれど、
わたしは「みんな誰でも好き。」って言う人の言葉は信用しない。
そんなことありえないと思うからだ。
まあ、これについては言い方、表現の問題もあるかも?
その人をすべての時間においても「好き」であることはまず無い。
逆に言えば、全ての時間において「嫌い」っていうのも無いと思う。
大抵は、あの人のここが嫌い、とか、ああいう態度するから嫌い、とか
突き詰めればすべて限定的なのだ。
その限定以外の時は?と訊かれれば、「ふつう」とか「まあいい」とか
そう言うものだと思う。
翻って自分に当てはめてみれば、わたしだっていろいろ嫌われてるに違いない。
でも、それ自体を責める気も無いし、当然のことだと思う。
勿論、わたしだってあまり「好きではない」人も居るからだ。
その嘘のない感情をむりに否定することなんて無いし、逆に全ての人に
自分を好いてもらうよう強要などできるわけがない。(‥し、しない。)
自分の心のなかは自分だけの自由な世界、そこでは誰を好こうと嫌おうと
誰にも邪魔されることはない。
誰でも「好き」になる自由があるように、「嫌い」になる自由もまたある。
そしてそれは、全部100%「完全に嫌い」ってうワケでもないのだ。

























