Nicotto Town ニコッとタウン

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生きる{6}

やっとのことで、町中を抜け出し、加茂川を渡った。その東側には、いくつもの寺院があったはずだが、その光景が一変していることに気付かされる。よく戦乱時には、寺院を攻めて焼け落とす、と言われる。昨夜も、これらの寺院が、町中から少し離れているとはいえ、西側か東側かわからぬが、同じような被害を加えた模様である。


常和は、燃え落ちた寺院と思われる、場所の前を通りかかる。そして、その前に立つ、大木が視界に入った。幸運にも、その樹木の強靭さ故か、炎の渦に巻き込まれなかったようだ。青々とした緑の葉が、太陽の光を吸収して、キラキラと輝いている。そして、過ぎる微風に答えるかのように、かすかに揺れている。常和は、心のなかで、「良く無事でいられたものだ」と、呟いていた。

大木は、それを小耳に挟んだのか、次のように言葉を返してきた。

「いやぁ~、実に暑かった。一時は、あまりの暑さに、焼け死んでしまうか、と思ったよ。しかし、炎の嵐をかいくぐり、私の緑の傘の下に逃れてきた母子の命を、どうしても守ってあげたくて、気力を振り絞って両手を広げたのさ」と、自分の根本にうずくまる人影を指さした。

常和は、大木の根本を、しかと見つめる。

そこには、一晩中、我が子を両手で抱えて、炎の渦から我が子を守ろうとした末に、憔悴しきった状態の女がいた。顔を近づけた常和に、女が、かすかに唇を震わせる。
ーーー「この子に水を」ーーーーー
常和は、腰に下げた竹筒の飲料水を、その子の口に含ませた。女の顔、髪の毛、そして、服装は、炎で焼けただれている。しかし、どことなく醸し出される気品があった。彼女は、常和に、何やら話したい様子で、彼を見る視線に、深い思いを忍ばせている。

常和は、女の口元に、耳を近づけた。
ーーーーー「この子は、一休宗純の娘。どうか命を」ーーーーーと、呟いている。
即座に、常和の口から次の言葉が発せられ、女を包んだ。
「私は、一休宗純殿に縁のあるものです。ソナタの言葉、自分の心に、しかと受け取りました。確かに、お預かりいたします」
女は、この言葉を聞いて、かすかに笑みを浮かべた。そして、息絶えたのである。

常和は、赤子を静かに抱き上げた。そして、何かの為にと持参していた袋に、そっと入れた。娘は、すやすやと眠っている。その様子を確認しながら、袋を肩にかけた。

常和が、昨年の秋に、京都の町中で、赤子の多恵を預かった経緯を、過ぎ去りし時をたぐりながら、思い返している。

と、その時、よちよち歩きの女の子が、「おにいちゃん」と叫びながら、抱きついてきた。まだ片言しか話せないが、こうして会えることが、よほど嬉しいのだろう。その仕草や表情に、現れている。まだ、年齢は二歳。愛くるしい、盛りである。

後ろに、穏やかな表情をした平蔵夫婦が、笑いながら立っている。

「お世話になっています。何ぞ多恵が、手を煩わせるようなことをしてはいませんか」
「なんのなんの、むしろその逆ですよ。この子と過ごすのが楽しくて。子供のいない我々にとっては、子を育てるのが、夢だったんです」

常和は、その言葉を聞き、万感の思いで、「それは良かった」と、胸の内で呟いた。

今年に入り、常次郎と共に、京都大原から相模三浦へ来る際、少し悩みはしたが、多恵もつれてくることにしたのである。館の内には、この子を養育する女手がないことから、この夫婦なら大丈夫だろうという、常次郎の判断から、名主の平蔵夫婦に頼んだのである。

常和は、多恵としばし遊んだ後で、「また来るからね」と、言い残して、別れを告げた。

愛馬の栗駒に、「それでは行こうか」と声を掛けて、自らが居住している芦名郷の館を目指す。途中に、とても気に入っている、場所があった。今日も、そこで栗駒を休ませ、自分も休憩する。眼下に、穏やかな相模湾を見渡せた。背景に、雄大な富士の姿が拡がる。#風光明媚#とは、まさに、こういう景色を指すのだろう。常和は、一瞬我を忘れて、美しい風景に心を和ませている。

そして、この場所には、もう一つ楽しみがあった。そこに鎮座する、樹齢五百年になるであろう、老クスノキとの命の会話である。
「元気そうではないか」
「貴方様も、お元気そうで何よりです」
常和は、老クスノキの年輪を感じさせる、太くゴツゴツとした幹をじっと見つめている。
「何か、聞きたそうな様子だが?」
「私の父、東常縁も、この道を通り、あなた様との会話を、とても楽しみにしていたと聞いています。その際、私が生まれた時の話は、していませんでしたか?」
老クスノキは、過ぎ去りし日々を振り返っていたが、少しづつ懐かしむように話し始めた。

時は、康正元年(西暦1455年)、盛夏である。
場所は、美濃国郡上郡大和。そこに、男児が誕生した。

父は、この地域に、山田荘と篠脇城を所有する、東常縁である。彼は、この地域の守護であった。その傍ら、当代一流の歌人としても名高い。特に、古今和歌集を深く解釈することにかけては、第一人者として世に知られている。時代の識者達は、それを古今伝授と定め、歌詠みの指針となっていた。将軍足利義家は、彼を深く信頼して、幕府の奉行衆でもあった。普段は、京都に住んでいるが、妻の出産を間近に控えて、このところ、篠脇城に滞在している。

大和は、その殆どを森林が占める、山国である。その中央を、長良川とその支流吉田川が、流れている。長い年月を費やし、河川が山々を侵食して谷となり、底の部分に肥沃な土砂が堆積して盆地が形成されてきた。そこに人々が定住して、土地を田畑として耕し、作物を収穫してきたのである。

篠脇城は、田畑を一望できる、山の上に建てられた山城である。

時折、城の下から、笛と太鼓、そして、人々のざわめきが流れてくる。多分、それは、風が運んでくるのだろう。そう、今夜は、郡上おどりが繰り広げられている模様だ。この踊りは、年に一度、この時期に、夜を徹して行われる、盆踊りである。それぞれの、様々な人生を織りなして亡くなった、人々の御霊が、今夜ここに帰って来ると、昔から言い伝えられ信じられてきた。

中心に置かれた、屋台で奏でられる楽器に合わせ、老若男女が、幾重にも輪になって、踊っている。驚くことに、無数の蛍が、乱舞しながら、踊りに加わり、踊り始めた。まるで、夜空に瞬く、満天の星たちが、降臨してきて、加わったかのようである。その輝きは、一様ではない。赤、橙、黄、白、緑、など~~~、僅かだが違って見える。

村のおさが、叫ぶ~~~。「さあ、御霊が、お帰りになったーーーーー」と。
皆は、それを聞いて、黙々と、一心不乱に、踊り続ける。踊り手、一人ひとりの思い、それは、(御霊に、心ゆくまで、楽しんでもらいたい)との、密やかな思いである。
それが、より大きな願いとなって、あたりに満ち溢れ始めている。しかし、中には、縁者のない、霊魂もいる。皆は、そのような霊魂にこそ、心ゆくまで、楽しんでもらいたい、と願っている。何故なら、そのような霊魂が、この地域を、彷徨うようになっては、困るからだ。踊っている人たちは、そのような言い伝えを、受け継いできている。それが、踊り明かす熱気の元になっているのだ。

この地域は、盆地である。だから、昼間の暑さも、夜になると、急に涼しくなる。それは、周りを取り囲む、深い森の木々たちの、息遣いから生み出される、冷たい空気のためである。








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