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モリバランノスケ

真の歓びは

人間は、自我を直感、する事は出来ない。しかし、自我に少しでも、近づこうと、努力する。そこに、真善美が在るからだ。肉体と言う、衣を通して、五感を使い、曇った眼鏡を通して、偽善に満ち溢れた世界の奥にある宝を探す。その行為者、自我である。それは神でも在る。


真に考える

真に生きて、存在しているのは、自我である。いつ何時も、常に側にいる。悲しいかな、我々人間は、直感出来ない。そこから生まれ、そこに帰って逝くのに。ではなくて、自我は何時も常に、そこに在り、存在している。真に考えるとは、自我が感じ、考えているさまである。


ニつの世界

物理的世界とは別に、もう一つの、世界が在る。それは
、時間空間では、分からない世界。別の何処か、ではなくて、裏腹に存在。その世界でも、私は生きている。そこに生きているのは、私の自我である。自我にも目(心眼)が在り、心(魂)が在る。私は自我に、生かされている。


意味の世界

私(自我)が住んでいるのは、意味の世界。刹那に、瞬間瞬間に、言葉に変える。私は、言葉に変換された物理的世界(家庭、社会、………………)の中で生きている。この世界は、言葉で出来ている。言葉がなければ、生きてはいけない。肉体の終り(死)後は、意味の世界に帰るのだ。


肉体の終り

肉体の終わりは、死を意味する。しかし、私(自我)は、生き続ける。肉体の死は、終わりではない。その時、頂いた心を、お返しする。誰に?。私(自我)に!。私は生かされている。だから、この人生を、無駄なく真剣に、生きねばならぬ。それは、奥の意味を、見い出す事である。





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