その物体は私の目の前を横切って行った。
パタパタと音がする、羽根が生えている。
茶色くて大きい、天井から飛びながら下りてきた。
らせん状に部屋の中を回ってる、そして私の服の裾にパタリとひっいた。
触角が動いている、ゴキブリである。
ギャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ !! 。
私は叫んだ、叫ばないと気絶しそうだった。
慌てて衣服の両裾を引っ張って床に落とした、
しかし今度は地面を走って私に向かってくる。
ギェエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェッ !! 。
緊急事態である、一刻の猶予もならない。
私は急いでゴキブリから離れて電話帳に飛びついた、
緊急事態の時はとりあえずタウンページを開け。
と言うのは祖母からの教えである。
私は「ゴ」の欄を探してタウンページをさ迷った。
ゴ、ゴ、興信所 ? 紅茶専門店 ? 公民館 ? 古紙回収 ? 個室付浴場 !? 行き過ぎたわ。
ゴ、ゴ、「ゴキブリ」はないのかしら。
あった! 、それは広告欄に載っていた。
ゴキブリ屋・Mr.コックローチ・ゴキブリ退治のプロフェッショナル、
一匹から駆除承ります。
二十四時間、いつでも電話一本ですぐに駆けつけます。
敏速・丁寧・安心のお値段、電話をかけてみた。
すると三十分後に私の部屋のチャイムが鳴った、
「夜分恐れ入ります、害虫駆除承りました」
一人の男がやって来た、年の頃は三十代前半・きわめてハンサムな目をしている。
紳士的である・マスクをつけているので口元は見えない、
特殊な白いスーツを着て長い手袋をはめ、
腰のベルトには七つ道具らしき物がぶら下がっている。
ほぼ白で統一されていて首のマフラーと胸のマークだけが赤い、
マークはわかるがマフラーは必要なのか ? そんな事はどうでもいい。
「ああよかった! 待ってたわ」
「ご安心ください、私が来たからにはもう奴らの自由にはさせなせん」
「頼もしいわ」
「敵は何匹ですか ? 」
「一匹です、まだ部屋の中にいます。
本棚の後ろにいると思います、もしかしたらベッドの下に移動したかも知れません」
「ラジャ!! これから作戦を開始します、ご安心ください。
必ず十分以内に胎児してご覧にいれます」
「頼もしいわ」
男は腕のストップオッチを作動させた。
「まず部屋の出口付近に退避してください、結界を張ります」
そう言って男はリビングから玄関へ続く廊下に特殊な両面テープを張り、
封鎖した。
部屋の真ん中にも一本のテープを張り、二分割した。
窓も閉め、こまごまとした部屋の小物をベッドの上にあげた。
そして家具と壁の隙間の出入り口に、
ゴキブリホイホイをいくつも設置しながら私に説明した。
「こうやって奴の退路を塞いでゆくのです、要するに追いつめるわけです。
ゴキブリ駆除のコツはイマジネーションすることです、
自分がゴキブリだったら何処に逃げるのかをシュミレーションしながら、
一つずつ相手の可能性をつぶしていくのです。
ちなみに、このピストル型のスプレーの中身は特殊なベンジンですのでご安心を。
ベンジンは揮発性が高いので部屋を汚すことがありません、
ですがゴキブリの奴にこれを少しでも体に付着させれば・・・・・」
「あ!! 出てきました、今テレビ台の後ろです」
「よし、発射 !! 」
「あ、入った」
私は右隣のゴキブリホイホイを指さして叫んだ。
ボックスの中からカサコソと音がする、男は腕のストップウォッチを止めた。
「四分三十秒…作戦終了、これから撤収にかかります」
男はゴキブリホイホイを回収し、密封したテープをはがし、
床を拭き、部屋を元通りにして、
すべてが整うと礼儀正しく私に挨拶した。
「消費税込で一万ちょうどになります、ポイントカードはお持ちですか? 」
「いえ・・・・でも作ってください」
「毎度ありがとうございます」
そして、男はバイクで去って行った。

ちなみにバイクも白かった。