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かきくけこのブログ。


ゲシュ崩ログ 431 本当に善意のひと

いい人、悪い人という言葉を使っていた子供の頃。「あの人悪い人~?」みたいな事を言ってたら、高校の学校の先生が「いい人、悪い人っていう考え方はどうかと思うぞ!」と、けっこう強い言葉で諭された。その時の子供の私は「え、ダメなの?」と衝撃的だった。いい人、悪い人。という言い方をして考えてるうちは、子供なんだぞ、それは間違ってるぞ、というニュアンスで、先生は言っていた。その時の子供の私は「いい人か悪い人か考えないとやばない?」とか考えていた。でもその時の子供だった私の「いい人、悪い人」という考え方をしていた私は、今の大人の私が考えても、自分は子供だったよな~という気がします。そんなバカに、本当に真剣に向き合ってくれた高校生の先生こそ、本当にいい人というか、人の為に行動してくれる素晴らしい先生だったのでしょう。


善意のある人は深呼吸をすすめる。
 よく小さい頃、大人が「はいはい、深呼吸して落ち着けって~あほか」みたいな冗談で、茶化すように落ち着け落ち着けと呼吸をうながす場面があった。そういう事があると、なんだか深呼吸しろっていう人は、ちょっとかっこつけたいい人ぶった人を子バカにしてる人なのかなという風に、ひねくれたバカな私は思っていた事もありました。でも、子供を育てている時、本物の子供という子供を育てている時、子供を落ち着かせるために「はいちょっと、息を吸って~」とすすめる事がある。そういう時、はっ、と過去に自分を育ててくれた人のやさしさや思いやりを感じるというか、人を育てて自分は、多くの人のやさしさに育てられたんだな~と、つくづくそう感じる。子供に真剣に向き合えば向きあうほど、自分に対して誠意をもってくれた人の存在に今になって初めて気づくというか。そういう事が起きるので、自分でもびっくり。自分って誰にも優しくされてなくて育ってた野生の草みたいな人だったのかなと思っていましたが、それなりに自分を心配してそう言ってたんだな~あの人やあの人は。と思う事がしばしばあって、「親孝行したい時に親はいない」と昔の人は言ったらしいけど、昔の人の格言はなんで子供の時にわかるようにできてないのか。大人になって私みたに後悔しないように感謝できる人になって欲しいものです。

悪い人、いい人という考え方は大人になると本当にどうなんだろう?と思います。人にはいい面も悪い面もあって、いい人だって、何もしなければ何もしない悪い人なんですし。そういう意味では、いい人かどうかなんて、考え方なんて子供じみてるな~と思います。そんなの事は承知の上で、でもやっぱり人をあれこれ詮索しちゃうのが私の悪い癖で本当に器がちっさくて情けないです。
 でも、子供から心配ごとを取り除きたいとき、子供に深呼吸をすすめる私は、他人に深呼吸をすすめるようなタイプのひとは、絶対に逃しちゃいけない大切にするべき人なんだろうな、と、そういう人生の大切な鍵を、とってもありがたい事に、子供から教わって受け取ったと思います。そういう小さいけど本当に大切な人のための言葉がけとかできる人が、慈悲があるとか善人という気がする。ちなみに私は、記憶する限り母親に「深呼吸しなさいよ」と言われた記憶が一度もない。そういう事から、やっぱりそういう事なんだなという色んな経験から、やっぱり深呼吸して落ち着けというタイプの人は賢くて善人だと思っています。ま、そういう考えがいけないのかもしれないですけどもね。でも善なる行動をしている人は、どんな悪人だろうと、それは善人だと思われていいのではないでしょうか。




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