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万願寺唐辛子

ニコットおみくじ(2024-08-21の運勢)

おみくじ

こんにちは!九州から東海は猛暑になる所も。

関東や東北の太平洋側を含め、急な雷雨に注意。
東北の日本海側と北海道は晴れる。
沖縄は曇りのち晴れ。

【万願寺唐辛子】 まんがんじとうがらし

☆京都府舞鶴市が発祥の京野菜です。
 地元では「万願寺」「万願寺甘唐」とも呼ばれています。

<概要>

〇万願寺唐辛子

京都府北部の舞鶴郊外にある万願寺地区において、
大正末期頃から作られてきた甘唐辛子の一種で、
味の良さと大きさから「とうがらしの王様」ともいわれま、
今ではこのタイプの大きな唐辛子の代名詞となっています。

@満願寺(万願寺) さん

 正式名  :西紫雲山 不動院 萬願寺

 建立・設立:創建:建保年間(1213年~1219年)

       中興:寛文年間(1661年~1673年)

 創始者  :開基:弁円様 辧圓 べんえん「べんねん」
             
          ・鎌倉時代の臨済宗の僧の弁円「円爾(えんに)」様は、
           鎌倉時代中期の僧侶です。

           諡号は聖一国師(しょういちこくし)です。
           駿河国(現:静岡県)の出身です。

          ・鎌倉時代の山伏で農民達が自分達の祈祷ではなく、
           親鸞(しんらん)様の話を伺うことが多くなったことで、
           親鸞様を恨み、後に親鸞様を暗殺しようとしましたが、
           悔悟(げご)しまして、
           浄土真宗の僧侶になる人物の山伏弁円様です。

           明法(みょうほう)様といいまして、 
           鎌倉時代の浄土真宗の僧侶です。
           親鸞直弟二十四輩の一人です。
           元の名を豊前僧都ともいいまして、
           弁円(辧圓)様ともいいます。
           そして、平清盛公の孫ともいわれています。

           《親鸞》様

           承安3年4月1日ー弘長2年11月28日

           鎌倉時代前半から中期にかけての日本の仏教家です。

           親鸞聖人と尊称され、
           鎌倉仏教の一つ、浄土真宗の宗祖とされています。

       中興:宥宣(ゆうせん)大僧都

 宗派   :真言宗御室(おむろ)派 円隆寺末寺

 山号   :西紫雲山

 本尊   :十一面観世音菩薩坐像 様

 アクセス :・JR舞鶴線「西舞鶴」駅下車 徒歩約20分(1、7km)

       ・丹鉄宮舞線「西舞鶴」駅下車 徒歩約20分(1、7km)

       ・池内バス(自主運行バス)「萬願寺」下車 徒歩約7分
        (510m)

 拝観時間 :境内自由

 住所   :京都府舞鶴市万願寺291-1

 電話番号 :0773-75-1193(円隆寺)

 ★見どころ

  JR・丹鉄の西舞鶴駅の南東約1,7km、
  万願寺唐辛子の発祥の地である「万願寺地区」の山間の静かな場所に、
  ひっそりと伽藍を構える、鎌倉期建立の創建800年以上の歴史を持つ、
  真言宗御室派の寺院で引土にある円隆寺さんの末寺です。

  鎌倉初期の1218年(建保6年)、比叡山の大法師である弁円上人が、
  この地に白衣の老翁のお告げを得て、十一面観世音を彫りまして、
  堂を建て本尊を収めて創建しました。

  観音大士が京洛の西方のこの地に、
  人々を救う為、現れて、紫雲たなびいたことから、
  山号を「西紫雲山」にしました。

  又、弁円上人の心願が満たされた寺名を「満願」と号しまして、
  更に万人の願いを聞き届けてくれる寺として、
  字名を「万願寺」とされたといいます。

  かつては惣門がありまして、七堂伽藍で荘厳を極めた大寺でありましたが、
  室町後期の永禄年中(1570年頃)に火災の為、焼失します。

  その後・・・

  江戸前期の寛文年間(1661年~1673年)に、
  宥宣大僧都によりまして中興されました後、
  1969年(昭和44年)に現在の場所に移築されました。

  現在は江戸中期の1767年(明和4年)に、
  改築されたと伝わる本堂だけが残るのみとなっていますが、
  本尊の木造「十一面観世音菩薩坐像」は像高133cmの寄木造りで、
  十一面観音としては珍しい坐像です。

  作者は背板の墨所から鎌倉時代の仏師・観賢(かんげん)様とされ、
  諸願とりわけ眼病に霊験あらたかな御仏として、
  広く朝野の崇敬を集めています。
  十一面観世音菩薩坐像様は33年に一度開扉される秘仏でありまして、
  直近では2002年(平成14年)に公開されています。
  
  〔観賢〕様

   仁寿3年(853年)ー延長3年(925年)

   平安前期の真言宗の僧侶で、讃岐(現:香川県)の人です。

   性は秦氏で、聖宝に密教を学びます。

   般若寺(はんにゃじ)に入りまして、
   東寺(とうじ)長者、醍醐寺座主、金剛峯寺座主を歴任します。
   空海様の諡号である、弘法大師を奏請しました。

  又、本尊の脇侍として鎌倉期作の不動明王様と毘沙門天様の、
  立像も祀られています。
  
  十一面観世音菩薩坐像様と合わせて3体が、
  2010年(平成22年)に京都府指定文化財に指定されています。

  2019年には創建期の遺構である、
  鎌倉時代の建物の礎石跡2カ所や室町時代の建物の礎石跡等が発掘され、
  又、河北省の磁州窯で造られたとみられる、
  宋代の希少な壷の破片も出土しまして、
  ニュースでも取り上げられる等、話題となりました。

  そしてこの「満願寺」のある京都府舞鶴市の「万願寺」地区の名を冠し、
  代表的な京野菜の一つとして知られているのが、
  「万願寺唐辛子(万願寺甘とう)」です。

  唐辛子の一種ですが辛味は無く、
  柔らかくて甘味があり、種が少なく食しやすいのが特徴です。

  その一方で果肉は大きくて肉厚です。
  
  その大きさから「とうがらしの王様」とも呼ばれていまして、
  歴史に磨かれた特徴ある農林水産物の中で、
  品質、量に特に優れているとして京都府が認証している、
  「ブランド京野菜」にも指定されている逸品です。

問題 下記の文章の???に入る地名を教えてください。

   今から約100年程前の大正末期から昭和初期、
   明治以降は対外貿易の拠点として海を介して、
   海外との強い繋がりのありました舞鶴において、
   京都の在来品種である「???のとうがらし」と、
   海外の品種との自然交雑により誕生したと考えられていまして、
   地元住民の間でも美味しいと評判でした。

1、山科(やましな)

2、伏見(ふしみ)

3、東山(ひがしやま)

ヒント・・・〇???とうがらし

      江戸時代頃から京都府伏見地区で生産が始まった品種です。

      @鳥羽・???の戦い

       慶応4年1月3日~1月6日、
       (1868年1月27日~1月30日)は、
       戊辰戦争の初戦となった戦いです。
       戦いは京都南郊の上鳥羽、下鳥羽、竹田、???、
       橋本で行われました。
     
お分かりの方は数字もしくは???に入る地名をよろしくお願いします。



  
  

 

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2024/08/22 17:42
こんばんは!曇りの木曜日をお疲れ様です。
スズラン☆さん、ニコタの新しいイベントが開始後で多忙の中、ありがとうございます。
 はい、おみくじは「大吉」でした。
どうもありがとうございます。
 なるほど~、京都の和食店の「唐辛子入れ」は、
可愛いのが多いので、見ていても楽しいのですね。
勉強になります。
私は「唐辛子使用率」が高いですので、興味がありますね。
 問題ですがお水が美しく「清酒」でも有名な2番の伏見が正解です。
よくわかりましたね、素晴らしいです。
どうもおめでとうございます(祝)
 今夜は急なお天気の変化がある所もあるようですので、
どうかお気をつけてお過ごしくださいませ。
ラーメンに「モロヘイヤ」を入れたのですが美味しかったです。
唐辛子も入れましたよ。
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2024/08/22 15:52
大吉おめでとうございます。

京都の和食店の唐辛子入れは
可愛いのが多くて見ていても楽しいですよ

答え 2




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