ペットを飼う理由
- カテゴリ:日記
- 2024/11/27 06:54:24
私の母は、年取って近所の野良猫に餌あげてるタイプの人だった。餌あげて「腕をひっかかれるの」と傷を勲章のようにみせびらかしてくれる人だった。猫好きって事なのかもしれません。猫好きあるあるというのか、引っかかれて痛い思いをしてまでで、よく世話してるのよアピールというか。自分は動物大切にできる人アピールというか。じゃあ野良を自宅ネコにしろよ?と思ったけど、そういう責任は引き受けたくなかったのか。血がでるまでひっかかれてる猫好きあるあるなのでしょうか。猫を狭い家に閉じ込めたくないという愛情の裏返しなのか。
隣家の家の犬を処分した母
昔、我が母は、すぐ左隣に住んでいる家の飼っている犬に、骨付き鶏肉をあげて、死なせたことがあった。左隣の家の犬は、放し飼いにされていて、夕ご飯の時間になると、寄ってきた。そこで母は、骨付き鶏肉を毎回あげていた。犬だから、お肉が大好き。嬉しそうに食べていた。でもそうしていたら、犬が死んだ。その時母が
「犬って、鶏肉の骨付きあげたらダメだったんだって。縦に裂けるから。死んじゃったの私のせいだったかも」
と、母は、犬が死んだあと、犬が死んだ原因が自分にあったかもな~と私に告解していました。たぶん、そういう事言ってたから、わざと死なせたわけじゃなかったのでしょう。わざとだったら相当怖い(笑)野良ならまだしも、お隣さんの犬を処分するっていうのが…なんだか隣人トラブルあったのか?と思いたくなる。でもそんなヤバイ隣人トラブル復讐とかじゃなく、むしろその真逆で、美味しいものを食べさせてあげたいという優しい気持ちが災いしたのだと思うと、やるせないですね。私は小さいながら、「ペットを飼うのは知識が必要」と思いました。
そのほかにも、家で犬を飼っていた事があったんですけど、私と一緒に二人で車に乗ってる時に、ゴリっていう感触があって、犬弾いて、「あ、ひいたかも」って言ってました。さいわいにも、犬は軽傷で、無事だったんですけど、母が犬ひいた時、特に動揺してなかったのを見て、自分の飼ってる犬に対して愛情は無いんだなと思いました。そんな風にペットに愛情持ってない人っていうのも、普通にいていいと思います。全員が全員好きってわけじゃないと思うし。でも好きじゃないからひいたわけじゃなく、単にその時は間違って車でひいたんだと思います。わざと車で自分のペットひき殺そうとしてたらサイコパスじゃないですか(笑)治療とかしてなかったけど、なんだかそういう「動物を人間と同然に愛する」という事は絶対にしない、動物は動物、という感じの母親の感じは、なんだか愛玩動物というより、母親にとっては犬は家畜という感じだったように思えます。猫は愛玩動物なのかもしれませんけど、犬は家畜みたいに思っていた母は、戦後の人だったので、色々と合理的な考え方をしていたのかもしれません。
猫の毛を刈る
昔、猫の毛をバリカンで刈っていたよ~っていってる人がいました。仲良くしていたので、よくそんな事したね~と思っていました。私はそれをきいて「そうなんだな」と思っただけでしたが、「それって、猫虐待じゃない?」って言ってる人がいました。チワワとかカワイイ毛に刈られてるように、猫も可愛い感じでトリミングしたんじゃないのか?と思ってましたが、自宅で自分のバリカンで毛を刈ってたっていうから、なんか虐待だったのかもしれません。本人は「猫が暑そうだったから」という優しい気持ちでやってたみたいですけど。私は虐待だとはおもわず、結果的にそうなっちゃったパターンだと思いました。こういう事もあるし、動物を飼っていて、「知らなかった~」ではすまされない事ってあると思います。その人は、猫を虐待して十数年後、精神科にいく人になりました。虐待したからというわけじゃないですけども、そういう人がそういう虐待とかするのか~とかおもうとやるせないです。精神的に心が寂しいとか弱い人ほど、猫のかわいさに癒されたい人だと思うので、癒される必要がある人が虐待するつもりなく虐待してしまってる現実って、私の知ってる限りですら本当にあった事なので、やっぱり動物を飼うっていう時は、「絶対に知識は必要」なんだろうなと思いました。
以上な経験をしているので、私は、ペットを寿命いっぱいギリギリまで飼ってる人というのをすごく尊敬します。ペットがすぐ死ぬとか、死なせてるとか、虐待してる人は、精神病なのかな?とか少し考えますけど、だからこそそういう精神病的な人には、愛玩動物、猫が必要な気がします。猫を育てる過程で、病んでる人が幸せになったら、それは猫にとっては不幸かもしれませんが、人間が幸せになる方法としては猫を飼うっていうのは人間しかできない素晴らしい事だと思います。まぁ、猫って現代では、ペット保険とかペット葬儀とかもあるし、人間みたいにかなりお金かかるので、猫飼ってるってすごい面倒見がよくて愛情あって何よりお金があるという気がします。そして勉強してないと、猫と一生を一緒に生きるという事は、できないとおもうと、猫を飼うって、そうとう人間として能力が高い人じゃないと無理な気がします。なので、猫を大切にしてる人っていうのは、ペットを大切にしてる人っていうのは、ただそれだけでもう、幸せになるべき人なのだと思いますよ。世の中の虐待とかそういう悲しい凄惨なこともあるっていうのに。ペット大切にできる人は、本当に全員人間として偉大。
あと、知らない人お多いと思うんですけど、動物って虐待したら犯罪になるらしいです。犯罪者と同等にみられるという事なんですね。当たり前に大切にしてる人にとっては、知らない人が多いんじゃないでしょうか。
因果応報なのか
母は若いころ犬ひいたりして、動物に愛情ないことしてたけど、晩年は近所の猫に餌をあげるなど、博愛的な行いもするようになった。まるで何かの帳尻をあわせるかのように。なんだかそういう親を見ていて、若い時も本当は、うまくできなかっただけで、心と裏腹な事もしちゃったけど、本当は猫に餌をあげたり犬にもお金が許すだけ餌あげたりしたかったのかもしれない。節約とかあるから、主婦にはやりたい事ができないようにできてるじゃないですか。晩年になって、好きなようにすきなものを愛せるようになったかもしれません。いずれにしろ、猫をかわいがっている人は、かわいがった時点で色んな事が許されるような気がするのかもしれません。だから猫かわいがるのでしょうか。色んな理由で人間は猫に自分よりいい暮らしをさせたがるように見えます。成熟した大人の人間ほど。私はまだ子供でハングリー精神があるほうの未熟な大人なので、大人が猫を猫かわいがりするのを、なんだか不思議で神秘的な気持ちで尊敬します。