ゲシュ崩ログ 549 家族だけ書く私と書かぬ李白
- カテゴリ:日記
- 2025/07/14 18:08:41
この前、中国の詩人の出てくる映画みてた。空海っていう映画なんだけど、主に詩人の男の子のそばにいる空海さんのみた宮廷の映画だった。唐の玄宗皇帝という希代の名君の逸話、李白という詩人の逸話等が史実通りに再現されていて、興味深く面白い。名場面の連続なんだが、とりわけ私は李白さんという、とんでもない大物詩人に興味津々で。
出世コースにのれない、落ちこぼれ李白さん。
李白さんとう詩人はなんていう愛らしい人だか。詩もたくさん残っている。どの詩にも、李白さんがどんだけ現代のオタクの走りだったのか、オタクの魂が全部透けて見える。この人…と、なんとも痛々しいでもいじらしい愛しさこみあげる、そんな詩を作りまくっている。たくさん詩を作った人だったそうだが、なぜか家族の詩は書かなかった。我が子よ、愛しい妻よ、離れていても愛してる。みたいな、詩人の夫を持てば、詩人の家族がいたら、詩人って家族にそんな愛の詩を作るんかな。と思ってるんですが、李白さんは、自分の家族については何も書いてなかった。一人で酒飲むんだ俺はみたいな詩を作ってる人だった。一つくらい、親とは何か、子への愛、妻のありがたさ、みたいな詩を、作ってもいいのに。と思うけど、そういう生々しい実体験からくるような、愛の詩というのは、作らない人だった。私はそこが一番謎で、興味深かった。
楊貴妃の詩は作るのに
現代の歴史映画空海では、李白さんは楊貴妃の詩をかいて、王様から王宮を追放される。これは一体どういう事なんだと全然理解できないんですけど、大昔から、王様の女になんかチョッカイやると、庶民は処刑なんかザラらしく、追放処分ですんだのは、李白さん、ラッキーである。というのですね。どの国でも、大体文化が違えど、偉い人の女になんか変な事やる、怒らせるような誘惑するとか通じそうになるとかすると、抹殺されるのはあるあるらしい。でもそんな王様の女楊貴妃に詩を書いても抹殺されなかった李白さん。本当に面白い人である。追放された後も、テロ行為を疑われ、テロリストが抹殺される中、なぜか李白さんだけはテロ組織の陣営にくみしていたのにもかかわらず、李白さんだけはのうのうと生き延びてしまうんですよね。そんな李白さんが愛しくておかしくて、面白いんです。
家族の詩を書かない李白さん。
なぜあんなにたくさん詩人として詩を書いたのに、家族の事についての詩は書かなかったのか、すごく不思議です。夫に、「なんで家族の詩を書かなかったのだろう。愛してなかったのかな。家族のこと」って聞いてみた。そしたら「家族の事を詩にするのはなんか違うんじゃない」って言うのですね。王様の愛してた楊貴妃の事は詩に書くけど、家族の事は書かない。そういうところに、詩人としてのプロ意識があるんじゃないかという事ですね。詩は、あくまで詩人にとってプロの職業的行為であり、家庭と関連させる事じゃなかったのかもしれません。そう考えると、私は家族の事ばかり日記やらなんやら記録に残してばっかりで、詩人という生き物とはまるで逆の事をしています。だからこそ、自分とは真逆のこと、詩人という生き物について、本当に謎と興味がつきないんです。
お金持ち李白さんの恋愛観
李白さんの詩をみると、なんだかちょっと中二病的な雰囲気が(笑)本当にこの人、恋人いるの?って思って読んでました。でも妻も子供もいたそうだ。李白さんの詩って、人と人の深い魂レベルの交わりみたいなものよりは、一人の孤独を誰よりも痛感しているのだ、みたいな表現が多いんですよね。咳をしても一人っていう人いたけども、なんだかそういう孤独さの追求みたいな。でもそこがなんだかリアリティというか、人の寂しさを書く事で、なぜか人はその寂しさに孤独を癒されるのも事実なんだと思う。李白さんの詩は音もなく綺麗な夜露が夜にひっそり溜まっているのを見つけさせられたみたいな気分になるんですよね。そこには人がいないんですよね。でもそれは、宮廷とか、出身の高貴さとかが醸し出す孤独であり、李白さん自身はとんでもない落ちこぼれ街道をひた進む人でありながら、本来のあの人の魂の高貴さ、清らかさ、気高さが隠し切れないというか…。孤独の質が貧乏人とは違うので、ますますあの人って、なんだかおちゃらけて酒に逃げてたりしてたかもしれませんが、繊細な心だったからこそ、孤独になったなんとも嫌えない、頼りないけど落ちこぼれてたかもしれないけど、人間としての気位の高さだけはエリート宮廷詩人のそれと同質というか、ヒエラルキー上位のなんたるかを垣間見せてくれる、なんともこう、悪い人じゃないんだよな~っていうか。悪い人になりたくない、っていう大人だったんかろうな~っていうか。愛すべきというか、むしろ落ちこぼれていてむしろ好感度高いぞと言われるような、そんな人だったんではないかというか、彼の詩には、そんな人間のやるせなさや生き様や味わい深さのがあります。でも、本来普通は出世コースから外れる人間というのは、落ちのびて生きられるほど甘くありません。でも、中国の1200年前の詩人李白さんは、王宮に背を向けても、まだ生き続け、そしてけっこう長生きしています。あの時代、王宮に背をむけた人にも生きる余地を与えていた中国の人道的な措置には、国力の豊かさ、1200年前でもそういう人が生きていられた事実の力強さには、底力を認めざるをえないのではないか。何かあったら一番に損切りされそうな、なんともとんでもない大人げないエピソードのある李白さん。でもそんな憎めない人間らしさのあるあ李白さんがすごく頑張って詩を残し生きたという事実が、やっぱりなんだか、空海さんも凄いけど、詩人李白さんにいつも私は興味や関心や中国の凄さやらを教えられてしまいます。あと、映画では、李白さんが「綺麗な女なんていない」みたいなセリフ言ってました。綺麗な女なんていないなんて(笑)なんだか、とっても私、そういう人の気持ちわかるっってそこでファンになったんですよね。そして、けっこう本気で李白さんは楊貴妃さん好きだったんだろうと思います。そら王様も追放処分するわ。でもそういうの色々が、女の目からみると、玄宗皇帝も詩人も、なんだかとってもしょうがなくて、男って、なんともかわいそうだったり愛らしかったり。