一休さん
- カテゴリ:日記
- 2026/08/04 19:19:44
劇団芸遊座の一休さんを観劇した。全part全部面白かった。結局またしても、子供向けのイベントで、私の方が興味持って集中してみていた。
けがわをきてはいるべからず
とんちの話いろいろあるなかで、毛皮をきて寺の中に入ると、バチでたたかれる、というとんちがあった。動物の皮を着てはいけないなんてルールを、くまばあさんが「太鼓は寺にあるじゃないか」ってとんちで返して入ろうとする。くまばあさん、とんちが利いてました。それだけでも、とんちのエピソードとして通用しそうな屁理屈。しかし「じゃあ寺の太鼓と同じように、バチでたたくぞ」っていうんですね(笑)笑っていいのか(笑)とんちのエピソードがいっぱい聞けて面白かったです。
なぜ離れ離れに?
劇の後半で、一休さんのお母さんが一休さんに会いに来るという場面があった。一休さんといえば、とんちの話で有名ですが、お母さんと生き別れになっているという残酷さも有名です。なんで、離れ離れに生き別れにならないといけないんでしょうか?劇でも「争いのせい」っていう事になってましたが、とはいえ、どうして?隠れてひっそり暮らせばいいじゃないか。って思うんですが、争いのせいで、生き別れにならないといけないなんて、一休さんの出自というのは、非常に普通じゃないという事をあらためて感じました。なぜ、一般家庭の親子が、「争い」を理由に生き別れに、離れ離れにならないといけないのか。家庭の親子の気持ちより、争いのほうが優先されるべき理由なのか?一休さんの時代において、一休さんの家の生まれが非常に裕福な、庶民とかけはなれて家だから?普通の家じゃないから、母と子が、争いを理由に離れないといけない。という、よく考えたら、人権侵害を感じさせる理由で、一休さんはお母さんと生き別れになっている。という事を、観劇していて、「よく考えたらおかしな話だな」と思いました。私がただの卑しいうまれの貧乏人だからおかしいと思うのでしょうか。武士階級とか、命より名誉とか、そういうのが大切な家系に生まれたら、親子が一緒にいる事より、争いが理由で、離れ離れにならないといけないんでしょうか?虐待で離れ離れになるならまだしも、一休さんが親と離れる理由っていうのは、よく考えたら、人権侵害だし親の争いという理由で、生き別れになるというのは、とてもおかしな話なんじゃ?と、しみじみ思いました。虐待で離れ離れとかならまだしも。なんで子と親ともども元気健康で、一休さんと母親は、生き別れにさせられなければならなかったのか。争いとは、そこまで親子の絆を断ち切る理由だったのか。家族という基盤を、争いという理由が破壊した、その歴史を考えさせられた、一休さんとお母さんの生き別れの話でした。争いだから、母と子が生き別れ。それで周囲の人も「そうするしかない」って思ったとしたら、一体どういう家庭という事なのだろう?一休さんの家って?????一休さんの家が特殊、という設定は劇の中でもちょいちょいとりあげられていたが、国民が普通に与えられてる、家に住んで夫婦で子供を育てるとい権利が、一休さんの家には存在してなく、一休さんは母親と離れ離れにならないといけない。っていうのは、よく考えたら、ほんとに変な家だよな・・・と、昔の社会がどうだったのか、わかりませんが、今から考えたら人権侵害だよな。としか思えませ。「争い」が理由で、寺に一休を捨てたなら。

























