鳥取県民の日
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2026/09/12 00:35:46
こんばんは!12日(土)は、
九州から東北南部の太平洋側を中心に雲が広がりやすく、
雨の降る所もあるでしょう。
その他の地域は概ね晴れますが、所によりにわか雨や雷雨がある見込みです。
【思わずウトウトしちゃう瞬間は?】
A、会議や授業、作業がひと段落した瞬間です。
☆「会議や授業、作業がひと段落した瞬間」とは、
緊張や集中が切れた直後の数秒間のことで、
この一瞬に自律神経のバランスがガラッと変わり、眠気が吹き出します。
<概要>
〇会議や授業、作業がひと段落した瞬間
a brief lull after the session
the moment things wrap up
@「ひと段落した瞬間」(科学的)
ひと段落とは交感神経モードが終わりまして、
副交感神経に切り替わる瞬間のことです。
★具体的な瞬間
・会議で自分の発言が終わった直後
・授業でノートを取り終えて、先生が次の話題に移る前の一拍(いちびょう)
・作業でタスクを一つ終えて、椅子にもたれた瞬間
・メール送信後に「フウッと」息を吐いた瞬間
・資料提出後に、次の作業に移る前の間
☆その瞬間に体で起きていること
・交感神経(緊張や集中)が急に低下
・副交感神経(リラックス)が急上昇
・脳の覚醒物質(ノルアドレナリンとオレキシン)がストンと落ちる
例えば、姿勢が緩みますと心拍数が下がりまして、眠気が出ます。
つまり「頑張っていた時間」よりも、
「頑張り終えた瞬間」に眠気が強く出ます。
@その後の対処法(眠気の防ぎ方や軽減する方法)
ひと段落後の眠気は落差が原因ですので、
落差を緩(ゆる)やかにする工夫が最も効果的です。
★対処法1:姿勢を変える(最速で効く)
・背筋を伸ばす
・肩を軽く後ろに引く
・足を組み替える
・可能なら立ち上がる
このように、姿勢変化は交感神経を即座に少し戻すことが出来ます。
☆対処法2:軽い刺激を入れる
・机の上のものを少し整える
・ペンを持ち替える
・メモを一行書く
・深呼吸を早めに一回する
このように、単調状態を断ち切ることで、覚醒系が再起動します。
★対処法3:体温を微調整する
・手で触るだけでも良いですが、首元を少し冷やす
・水を一口飲む
・カーディガンを脱いだり着たりする
このように、体温の微変化は眠気に直結しますので、効果が高いです。
☆対処法4:次のタスクを軽く始める
いきなり重い作業に戻りますと、逆に眠気が強くなりますので、
「次に何をするのかを一行だけ書く」等をして、
助走を作りますと、覚醒が戻ります。
★対処法5:環境の単調さを減らす
・画面の明るさを少し上げる
・机の位置を少し変える
・小さく音楽を流す等をしたり、音を少し変える
このように、単調刺激は眠気の最大要因ですので、
変化を入れると効果的です。
【鳥取県民の日】 とっとりけんみんのひ Tottori Citizens’ Day
☆明治14年に現在の鳥取県が誕生した日に因みまして、
平成10年より、9月12日が「とっとり県民の日」として制定されています。
<概要>
〇鳥取県民の日
@かつての城下町としての面影は色褪(いろあ)せる
現在の鳥取県は、かつて地図から消えた歴史を持ちまして、
1876年(明治9年)、明治政府による県の大規模統合によって、
鳥取県は島根県に吸収合併をされまして、一時的にその名が消滅しました。
財政削減と行政効率化を名目とした統廃合でしたが、
県庁機能が松江に移ったことで、鳥取の産業や人口は急速に衰退しました。
商家や士族の倒産が相次ぎ、人口流出も止まらず、
地域経済は深刻な打撃を受けました。
鳥取城下の繁栄は急速に失われまして、かつての面影は色褪せ、
地域のアイデンティティそのものが揺らいでいきました。
@1876年(明治9年)に鳥取県が島根県へ吸収された本当の目的
財政再建や行政効率化、中央集権の強化で、
その結果として、県庁機能が松江に移ったことで、
鳥取の産業や人口、地域産業は急速に減退し、
地域アイデンティティそのものが揺らいだことについて、下記に説明します。
★鳥取県が島根県に吸収された「本当の目的」
□財政再建(鳥取藩の財政難)
鳥取藩は幕末から明治時代の初期に深刻な財政難を抱えていまして、
明治政府は財政負担の軽い県を優先して独立させました。
つまり、鳥取は財政基盤が弱く、
独立県として、維持が難しいと判断されました。
■中央集権の強化
明治政府は大きな行政単位を作りたかった訳で、
小規模県は統治コストが高く、
鳥取は人口と経済規模が小さく、吸収対象になりやすかったからです。
□軍事と交通の戦略性の低さ
山陰地方の中でも鳥取は海軍拠点と交通拠点としての優先度が低く、
松江(島根)は出雲街道と宍道湖周辺の交通の要衝で、
行政拠点として有利でした。
★県庁機能が松江に移ったことで、鳥取が急速に衰退した原因
□行政機能の喪失は人の流れが止まる
役人や商人、職人、印刷業、旅館業等、行政に依存する産業が消滅し、
松江へ人材が流出し、鳥取の町は急速に空洞化します。
■公共投資はほぼ止まる
道路や港湾、学校、橋等の整備が後回しになりまして、
松江中心の予算配分となり、鳥取は周辺地域扱いになります。
□商業の衰退
行政都市で無くなると、商業の中心性が失われまして、
松江に商圏が吸収され、鳥取の商店街は急速に縮小します。
■交通網の整備が遅れる
鳥取は鉄道敷設が遅れ、物流拠点としての価値が下がり、
経済圏が孤立し、産業発展が阻害されました。
☆地域経済が受けた深刻な打撃
□人口流出(若者や商人、役人)
松江への移住が増加しまして、
鳥取の町は人がいない町になりまして、商業が成り立たなくなります。
■地場産業の停滞
和紙や木材、農産物等の産業が販路を失いまして、
行政需要が消えたことで、生産量が減少します。
□雇用の消失
役所関連の死型が消滅し、旅館や飲食、印刷、運送等、
行政依存産業が壊滅します。
■投資の停止
新しい学校や道路、港湾が作られず、地域の発展が止まり、
松江中心の施策により、鳥取は後回し地域になりました。
問題 上記のように鳥取は地域のアイデンティティそのものが揺らぎましたが、
どのような運動で独立した県として再配置された理由を、
次の文章の???に入る運動名を教えてください。
〇この状況を憂(うれ)えた地元有志が「鳥取県???」を起こす
明治政府への粘り強い働きかけを続けた結果、
1881年(明治14年)9月12日に鳥取県が島根県から分離し、
独立した県として再設置されました。
1、再置運動
2、庚午事変
3、尊王攘夷
ヒント・・・〇???
署名運動(嘆願書)を政府に提出し、
東京への陳情団を派遣し、地域文化と歴史を強調します。
農民や商人、町人まで巻き込み、地域全体の運動となり、
鳥取の地理的や経済的独自性が再評価されました。
お分かりの方は数字もしくは???に入る運動名をよろしくお願いします。

























