Nicotto Town


モリバランノスケ


たかおの話

昨夜は、かなりの強風が吹き荒れた。今もなお続いている。少しは弱まってはいるけれども。我々は、何時もの様にBreakfastを楽しんでいる。
普段のメンバー、私、妻、お蝶、チャム、カスタム、に、大鷹の(たかお)、ピョン太も加わる。

(たかお)は、昨日の昼に、我が家に来た。五年程前、我が家の風呂のガラスに衝突して負傷。完治するまでの一年弱。ある意味で、懐かしいログハウスなのだろう。昨夜は、ぐっすりと睡眠が取れたようである。我々と会話をかわす際には、笑顔を絶やさず、明るい表情。しばし世間話をした後、真剣な表情で話し始めたのだ。

たかおは、(そのせつは、本当にお世話なりました)と、前置きして、ここ五年程の無沙汰の理由を話してくれた。

私は、あの時、傷が癒えて、全快した歓びもあり、有頂天になっていたのでしょう。風に任せて、あちこちと、飛び回りました。そのなかに体調と気性に、とても相性の良い場所が在りました。静岡県の浜名湖東岸です。そこは、江戸時代、徳川幕府の天領だった街。海の幸山の幸に恵まれた、風光明媚で、温暖な場所です。

そこに、豊かな黒松の林が在りました。私は、そこを根城に、浜名湖近辺の奥浜名、三ヶ日、湖西、今切、更には、天竜、奥三河、鳳来山の方まで活動範囲を拡げ、生活を謳歌しました。
ある日、鳳来山の松林で羽を休めていました。
そこで、まだうら若い、雌の大鷹と、出会ったんです。一目惚れ?、私達は恋に落ちました。

彼女の名前は、はま子。気建ての優しい美しい娘。然しながら、はま子には、生まれながの、障害がありました。右側の羽の付け根、そこの骨の発達が遅かったんです。見た目では分からないのですが、飛行する際には、差し障りがあり、高く遠くに飛翔する事は、出来なかったのです。でも、そんなはま子が、いじらしくて。

私達は、私が当地を訪れて、最初に根城にした場所、湖の東側に位置する街の松林に、所帯を持ちました。夢のような、新婚生活が、三年ほど続いたでしょうか。彼女は、この世の生命を失いました。天に召されたのは、それは、事故死、自然死、・・・・?。私は、その瞬間を、確りと見ていました。今は、喋りたくない。

私達大鷹は、一度契を結んだから、一生添い遂げます。だから、相手に先立たれて場合、新たな相手を見つける事はしません。

私は、旅に出ました。

目的は、我々生命が、この世に生きる意味を、見つける為です。今は、その途中です。




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