Nicotto Town


ガラクタ煎兵衛かく語りき


金曜日に花を飾るのも(無口な二人②)






あいつは泊まっていった
目覚めて 少しのグルテンと朝のカフェインを体内に入れてから
肌身離さない鞄に入れていた婚姻届けを大事そうに抱えて
多分とっておきの笑顔を玄関前の廊下で振り返りながら向けたんだろう
これ想像だよ
お生憎様 そこにあたしはいない テレビのワイドショー見てたから


今日は金曜日 だから大通り公園の噴水前の目立たないところで
風船を配る曜日


婚姻届けなんて数分でできる 
だからあたしがいつもの場所で風船キットをセットしに来た頃には
あいつは既にその周辺を清掃し終わっていた


大通り公園には様々な木々が植えられている
だから季節によっては夥しい落ち葉が辺り一面に散乱している
散乱の美は素晴らしい
だから<ごめんなさいごめんなさい>と言いながら
あいつはいつも掃いていると以前に言っていた

(そこがあたしがあいつを気に入ってる数少ないポイントだと思う)




風船キットの準備ができた 始めよう
あたしは満面の笑顔で 行き過ぎる親子連れさんの子供に呼びかける
「風船あげるよ はいどうぞ」
親の表情が一瞬曇る というか警戒する
すぐに相手を値踏みにかかる
お生憎様 あたしは清潔で清楚で晴れやかで若々しくて
どっから見ても平和の臭いしかしない装いで笑顔で
蠱惑的に風に揺れている風船を差し伸べているお姉さんなんですよう
すぐにみんな受け取ってくれる

その後 その子が不注意で風船を空にリリースしたとしても
それはこちらの構うこっちゃない

あげたんだから あなたにあげたんだから あとはあなたの問題よ




7色の風船 空に昇ろうとしている風船





やがて夕方
あいつも仕事を終えて公園に戻ってきた あ そうか 今日から夫か




帰り仕舞い たまたまいつもと違う帰り道を二人で歩いていると
途中でなにかの配慮なのか 悪戯なのか
店を閉めようとしている花屋の前に差し掛かった 思わず足を停めた


夫はしばらく考えていたが やがてとんでもないことを言った
「切り花 全部ください」














家に帰って途方もない数の花をとりあえず
ありったけの花器やお皿や壺や浴槽にお願いした


あたしは冷静だったが 夫は躍動していた
でもそれは予想通り





やがて本日2回目の夫の言葉
「この花をすべて君に捧げる」


それであたしも今日初めての言葉を返した
「覚えていて 今日は金曜日だということを」





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