Nicotto Town


ガラクタ煎兵衛かく語りき


水星

水星        (アダム編)


人の声が空(くう)を飛んだ
人の声が宙(おおぞら)を飛んだ
ひゅーん ひゅーん
届くギリギリの距離まで
その波動は放たれ続けた


意思の声は太陽系を超えることを想定していたが
どこまで届くかは音声源のエナジー量にかかっていた
幸い当時の地球には化石燃料の遺物がまだ残っていた


声の中には巧妙に隠されたソースコードが仕組まれていた
でもそのコードにタッチできる知性があるなら
受け取った生命体は容易に返信できるような(親切な)仕組みだった



人の声が空(くう)を飛んだ
人の声が宙(おおぞら)を飛んだ
ひゅーん ひゅーん



とある星のとある生命体がその波動を受け取ったのは
(銀河系)宇宙自体の寿命が後半に差し掛かった頃のありふれた夕暮れだった
静寂と喧騒と平穏と動乱という概念がそもそも忘れ去られた時期の夕暮れだった


その生命体は波動に仕組まれているコードの時間的劣化状態を分析し
発信者の星は既に消滅している確率が限りなく100%に近いと判断した

無駄と感じつつ古臭い仕組み(プログラミング)に従ってこう返信した
『good evening    你好   Guten Abend    おばんです』



少年は疾っていた
そして絶望的な疾走を続け
崖の前まで来てようやく思い留まれた
単独任務は明らかにオーバートレードだったが
馴染みのあるように見える森林の際まで 来て ふと
それまでの自分の一生を確認する機会に恵まれた


『届け僕の想い、全ての人に届いてくれ!』
 HPは既に最低だった瞬間
まさしくその時 方向不詳の星からの返信が地球全体に着信された


『good evening    你好   Guten Abend    おばんですねん』


壊滅寸前の地球に届けられたメッセージ
少年は屹立した
「届いたんですか?あなたは誰ですか?」


「私はあなたです」
「え?」
「とうに消え去った文明と認識していました 
 遠おい遠おい距離 接触するには幾つもの世代を経る覚悟が必要でした」






地球全体の空が藍色から紫色に移行していった
太陽の膨張は既に水星を飲み込み始め
金星が灼熱の焦土になるのは時間(数世紀)の問題だった


「私はあなたからの 正確に言えばあなたの方向からの
メッセージを受信しました」


少年は崖の際に座り込んだ
周りの色感が変わりだした
海の色が 空の色が 空気の色が 流れ去った
それまでの記憶が瞬時に、それでも段階的になだらかに蘇っていった
『マミー、パピー』
暖かい暖炉、天を突くようなクリスマスツリー ハンドクラッカー
マーベラスな色彩感、スパイシーチキン キャンドルと嬌声
従妹の笑顔、何よりも両親の匂いを今でも覚えている





ここで重大な情報が管制室に届いた

「どうした?」
管制室への急電は少年の体調の異変を自動的に察知し室に送られた
「どうした?応答せよ!」
インターセラー・インカムの空気的振動は虚空に放たれた



ここで少年は務めを果たし終えます
水星を呑み込んだ太陽と
地球との戦いが始まる緒戦は
火蓋と目蓋を開くクリスマスソング・ファンファーレの響きで始まりました
崖の前で流れる鈴の音を天空に感じながら少年は崩れ落ちました
トナカイは銀の粉を振り撒き走り去りました



少年の名前はアダムといいました

アダムはこの後登場しませんですのん
あ、彼の従妹の年長の方(ほう)の名前はキャシーです

キャシーは所謂スぺオペには出番がありません
それでもこのキャシーに重要な任務がたった今管制室から発せられたのです
たった今です!


キャシー
kate
catharin




キー
始動しなさい
始まったのですよ





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